キース・リチャーズの“原風景”が聴こえてくる心温まる一冊
キース・リチャーズが絵本を出版したのが2014年9月のこと。あのキースと絵本? かなり意外だが、本当の話だ。何度も手に取って開けたくなる魅力もあるが、ロックスターによる絵本も珍しいので改めて紹介したい。
『Gus&Me』(ガス・アンド・ミー〜ガスじいさんとはじめてのギターの物語)と名付けられたその絵本は、キースの母方の祖父であるセオドア・オーガスタス・デュプリー(愛称ガス)との幼少時代の想い出を綴ったもの。
キースの自伝『ライフ』のエピソードをもとに、画は実娘のセオドラ・リチャーズが担当。彼女は実際にキースのイギリスの実家ダートフォードに赴き取材して、当時の写真を参考にしながら描いたそう。
偉大なるロックバンド「ローリング・ストーンズ」のギタリストであり、数々の反体制的な言動でロックスターのイメージを創った男、キース・リチャーズの“原風景”が聴こえてくる心温まる一冊となった。
キースは祖父との想い出をこんなふうに語っている。
俺が音楽を愛するようになった、その多くはガスじいさんのおかげだ。彼は女に囲まれて暮らしていた。7人の娘がいたんだ(キースの母親ドリスもこの中の一人)。ガスはよく言っていた。「7人の娘だけじゃないぞ。妻も入れると8人だ」
キースにとっての一番最初の音楽的アイドルは、“ガスじいさん”に他ならなかった。ガスはパン職人であると同時に、ピアノ、ヴァイオリン、ギターといった楽器も弾けたのだ。若い頃はダンスバンドで腕を磨く日々も過ごした。また、ユーモアのセンスの持ち主でもあり、友人たちに挨拶する時は「よお、一生マヌケでいるんじゃねえぞ」が口癖だった。
キースが生まれたのは彼にとって画期的な出来事だったらしい。ガスの家には娘や妻だけでなく、孫も含めて男の子が一人もいなかったからだ。口うるさい女所帯から抜け出して自由な時間を満喫するための絶好の機会が訪れた。「俺はダシに使われたんだ」
とは言え、ガスは小さなキースを可愛がってよく一緒に出掛けたそうだ。ミスター・トンプソン・ウーフトという変わった名の犬の散歩を口実に、その日の気分次第でいろんな場所に連れて行かれた。歩きながらガスは歌を口ずさみ、冗談を言ってはキースを笑わせた。中でも一番の楽しみは楽器店に行くことだった。
キースは店の片隅に座りながら、工房で男たちが楽器を作ったり修理したりする様子を黙って眺めていた。一人っ子の少年は、目の前の光景に壮大なファンタジーを感じたに違いない。「そうやって俺は楽器と恋に落ちたんだ」
それからのキースは、ガスの家のピアノの上に置いてあるギターが弾きたくて仕方がなかった。しかし、まだ小さくて手が届かないので諦めるしかなかった。ガスはそんなキースを見て、「背が伸びたらお前にやるよ」と言った。
物語は、少年がギターを譲り受けて、祖父の手ほどきを受けながら練習に励む姿、どこへ行く時も、寝る時までそのギターを抱えていたことなどが描かれる。
何年経ったって思い出すんだ。ステージの上でも、曲を作る時も。孫たちの前でギターをジャカジャカやる時も。そして心の中で言うんだ。「ありがとう、じいさん。ありがとう、ガス!」
キースは現在350本以上のギターを所有しているが、ガスから貰ったギターを今でも一番大切にしているという。
*このコラムは2014年10月31日に公開されたものを更新しました。
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