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第1回日本レコード大賞を逃したエロティックな歌謡曲「黄色いさくらんぼ」

2024.12.01

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美空ひばり、都はるみ、北島三郎、五木ひろしなどの代表曲を書いた作詞家の星野哲郎は、「演歌の父」とも言える存在だったが、最初の大ヒット曲は少しエロティックなポップスの「黄色いさくらんぼ」である。

ラテンバンド「アフロクバーノ」を率いて活躍し、NHK「紅白歌合戦」の初期の常連でもあった歌手の浜口庫之助は、1958(昭和33)年の春から作曲家に転向した。

そのときにコンビを組んでソングライティングを手伝ったのが、30歳にしてようやく念願かなってプロの作詞家と認められた星野哲郎だった。

星野が浜口とコンビを組むことになったのは、当時はまだ駆け出しのディレクターだった斉藤昇(後にクラウンレコード社長)の指示があったからだ。

ところが斉藤から「お前、ハマクラさんに会ってくれないか」と言われたとき、ジャズやポップスに疎かった星野はハマクラとは何者であるか知らなかった。家に帰って放送局に勤めていた夫人にきいて初めて、有名なジャズシンガーだということを教えられたという。

星野はその頃、島倉千代子に書いた「思い出さんこんにちは」がヒットしていた。だから日本調の抒情的な歌詞を書いてきた自分が、どうして畑ちがいの浜口と組むのかがわからなかった。斎藤に訊いてみても、納得できる答えは得られない。

どうも私の書くものと、ジャズシンガーとはとても肌に合いそうもない。「何をやるんですか」と聞いても、「これはおもしろい組み合わせだ」とひとりで喜んでいるだけだった。


それから1年余り、星野は原稿用紙を持っては西大久保にあるハマクラ邸に通い続けた。ところが浜口は星野が書いた詞を、ほとんど見ようともしなかった。ただ、ときどき詞の中の1行か2行を取り上げると、

私しゃ 月見草
あなたは宵に
ちらとのぞいた お月様
ホ・ホ・ホ


などとピアノを叩きながら、勝手に「ホ・ホ・ホ」などとフレーズを加えて、どんどん歌っていく。そして「さあ、その次どうする?」と、星野に次のフレーズをその場で考えさせるのだった。

ひとつの歌詞を受け取っても、ピアノの前に置いてどの部分か、浜口は自分でひらめいた部分だけをとって、そこからピアノを弾き始めて、歌が始まり、体が揺れてくる。

そしてすごいことに、そんな何でもない言葉から突然ハマクラさんは発情してきた。そうなると、それこそ夜が明けるのも忘れて、ひとつの詩に向かって何十曲も曲を作った。

花は何も言わないが
香りでそっと泣いている
空は何も言わないが‥‥

「さあ、その次をつけて!」
「さぁ、さぁ!」

ピアノが私をせかす。私もハマクラさんのピアノから出てくる音を追いかけながら、必死で詞を重ねていった。最初はこんなものが曲といえるのだろうかという不信感でいっぱいだった。しかし、半年も通いつめているうちに、”これはひょっとしたら既成の概念をはみ出した、とてつもなくスケールの大きな曲かもしれない”と思うようになった。


そんなある日、斉藤から「明日の午後までに松竹に持っていけるような曲をハマクラさんと二人で作れ」と命令が来た。松竹の映画はコーラスグループの娘たちを主人公にした喜劇で、『体当りすれすれ娘』というきわどいタイトルだった。

西大久保から上高田に引っ越したばかりの浜口の家で、またいつものような作業が始まった。そのときタイトルに「黄色い」とつけようと言い出したのは浜口で、「今年は黄色が流行しそうだ」とある占い師のご託宣があったなどという話をしたのを、星野は晩年まで覚えていた。

いつものように、「はい、次!」「それで!」といった調子でハマクラさんのピアノに追いかけられながら、歌詞をはめ終わったとき、夜が明けた。どういうわけだか、その時に紙がなく、トイレットペーパーに詞を書いたのを覚えている。それがスリーキャッツが歌って大ヒットした「黄色いさくらんぼ」である。


日本の歌謡界に、それまでない斬新な音楽性でヒットした新しいタイプの画期的な2曲が、1959年に制定されたばかりの第1回日本レコード大賞でグランプリを争うことになった。

7月下旬に公開された東宝映画『青春を賭けろ』の挿入歌、「黒い花びら」はロカビリー歌手の新人だった水原弘が歌った。どちらの曲もタイトルに色がついていたので、さしずめ「黄色」と「黒」の対決となった。


レコード大賞の選考はエントリーされた全作品から、第一次予選で歌謡曲と歌曲の計20曲を選び、第二次予選でその中から6曲まで絞り込まれた。

「心と心のワルツ」(作詞・作曲・編曲:原六朗、歌手:朝丘雪路)
「古城」(作詞:高橋鞠太郎、作曲:細川潤一、歌手:三橋美智也)
「夜霧に消えたチャコ」(作詞:宮川哲夫、作曲・編曲;渡久地政信、歌手:フランク永井)
「フルート」(作詞:サトウ・ハチロー、作曲・編曲:古関裕面、歌手:島倉千代子)
「黄色いさくらんぼ」(作詞:星野哲郎、作曲:浜口庫之助、歌手:スリー・キャッツ)
「黒い花びら」(作詞:永六輔、作曲・編曲:中村八大、歌手:水原弘)

当時のヒット状況からすると本命は「黄色いさくらんぼ」、対抗が「黒い花びら」という前評判だった。

ところが選考会で「“黄色いさくらんぼ”は面白い曲だが、エロ味があるので社会的影響を考慮して選考の対象からはずしたい」との発言があり、全員がそれに賛成して最終予選から同曲をオミットしてしまった。

また、ロカビリーであることを理由に「“黒い花びら”もはずすべきだ」との発言も出たが、それに対して「ジャズでもロカビリーでもいい曲ならかまわない。むしろ新しい歌謡曲を生んだ点を買いたい」などと反ばくがあり、「“心と心のワルツ”は外国の歌みたいで独創性がない」という意見も出るなど、討議が繰り返された。

そして最後に残った「黒い花びら」と「夜霧に消えたチャコ」による決選投票の結果、わずか1票の差で「黒い花びら」が初の日本レコード大賞を獲得したのだった。

対決から外された「黄色いさくらんぼ」はレコード大賞を逃したが、この大ヒットで脚光を浴びた浜口庫之助は売れっ子作曲家になり、日本の音楽史に残る名曲を数多く世に出していく。

それから11年後、「黄色いさくらんぼ」はゴールデン・ハーフのデビュー曲となり、カルト・ムービーとなった日活映画『野良猫ロック セックス・ハンター』の挿入歌に使われている。


『浜口庫之助メモリアルコレクション100』
キングレコード

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