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美輪明宏の表現でアングラという枠を超えてスタンダードになった寺山修司作品『毛皮のマリー』

2019.04.13

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(撮影:御堂義乘)

劇団・天井桟敷が美輪明宏(当時は丸山明宏)を主演に迎えて1967年4月に上演した『青森県のせむし男』は、5月になってすぐに映画館「アートシアター新宿文化」でアンコール上演された。
映画の上映が終わった夜の9時半から舞台の準備に入り、10時過ぎに開場して観客が入りきったところで、芝居が始まるという方式だった。
だから終演は夜中の12時を回ることもあったが、そんな悪条件も動員にはまったく関係がなかった。
前評判を聞いて詰めかけた観客で3日間とも通路からロビーまで人があふれるほどの入リとなり、最終日は入りきれなかった客が待ち望んでいたので、真夜中の1時過ぎからの上演が追加された。



寺山修司が「五月革命のカルチェ・ラタンを思わせるような喧騒の町」と書いた新宿は、初演の赤坂の草月ホールよりもはるかに天井桟敷と似合っていた。

演劇に関わり始めたときから「見世物の復権」を提唱していた寺山は、特異な肉体をもった人間をオブジェとして展示することで、異形のものによる祝祭的な空間を表出させることに成功していく。

その昔から人と違った形で生まれた子は、外見ゆえに差別されたり見下されたりする存在であった。
初回の“せむし”に続いて、寺山は第2回公演「大山デブコの犯罪」で、“デブ”という最も身近なマイノリティを取り上げた。
そしてふたたび丸山明宏が主演することを想定して、寺山は第3回公演のために戯曲『毛皮のマリー』を書き下ろした。

マリーという名の男娼を主人公にして構築された幻想的な物語は、母と息子の間にある究極の愛憎劇ともいうべき内容であった。
それがアートシアター新宿文化で上演されたことで、寺山修司および天井桟敷の名はアングラといった枠を超えて、カウンターカルチャーの代名詞として広まっていく。

なお上演に際しては美輪明宏の意向で、アンコール公演以降はラストの場面が大きく変更になったという。
美少年役で共演した萩原朔美が、著書の中でその経緯を記している。

最初の台本では、死んだ者も生き返り、出演者全員が踊る。陽気な幕切れだったのが、美輪さんが息子に化粧を施しながら嗚咽するようになった。
息子(血の繋がりはないが)を自分の世界に引き込んでしまうことの嬉しく悲しい心理を表現したかったのだ。
戯曲集にもこの変更された上演台本が採用されている。
寺山さんもこの方を選んだのだ。
(萩原朔美『劇的な人生こそ真実 私が逢った昭和の異才たち』新潮社)


最終的なクレジットでは戯曲を書いた寺山が自ら演出したことになったのだが、実際には主演した美輪明宏との共同演出と言ったほうが正確だろう。



アートシアター新宿文化で1967年9月1日から7日まで上演された『毛皮のマリー』は、毎日入りきらないほどの観客を動員しただけでなく、内容的にも高い評価を得たのだった。

その後、1983年に寺山修司が47歳で亡くなった後に行われた追悼公演をはさんで、美輪明宏は1994年、1996年とパルコ劇場での長期公演を成功させていく。
そこからは2001年、2009年、2016年と自ら演出と美術も手がけて、まさにライフワークとして取り組んできた。

美輪明宏は2019年の公演を前にして、このように見解を述べていた。

私と寺山氏はツーと言えばカーという関係でした。よく周りからは「まるで一卵性双生児みたいね」と言われていたものです。でも、そこには何の不思議もありません。というのも寺山氏と私はともに一九三五年生まれで、しかも、育った環境がそっくりだったのです。

毛皮のマリーは詩人の夢の世界。いつの時代でも通用する普遍的で深遠なテーマを持った芝居です。ただ、その素晴らしい遺産をこれからも語り継いでいくためには、寺山氏が自分でも気がつかなかったこと、やり残したことを、補っていかなければなりません。
人間の業の深さ、近親憎悪、理知と情念の葛藤、宇宙における人間の存在理由といった、この芝居が抱えている様々な要素を、寺山氏が残した台本からしっかりと読み解き、それを美しく、五感を刺激する不思議な夢として舞台の上で具現化すること…、それが「一卵性双生児」たる私の役目なのかもしれません。


『毛皮のマリー』は美輪明宏にとって、ギリシャ悲劇やシェークスピア作品と同じように普遍的なテーマを持った芝居なのである。
だからそれを自ら継承することで、永遠のものにする役割を引き受けてきたのであろう。

なおタイトルに使われた「毛皮のマリー」は、同名のシャンソン「LA MARIE-VISON」に由来している。
イヴ・モンタンほか多くの歌手に歌われてきた歌から、寺山はイメージを借りて主人公を設定したのだ。
だが戯曲そのものがインスパイアされたのは、美輪明宏が歌った「ミロール」を生で聴いたことだったという。

「ミロール」は若いハンサムな優男に片思いしていた年増の娼婦が、金持ちのお嬢さんとの結婚に破れて街に戻ってきた男と出会って、自分が持ち合わせている優しさのすべてで元気づけようとする歌である。
寺山修司という稀代の表現者を突き動かしたのは、美輪明宏の歌声だったということになる。




【公演情報】東京公演は新国立劇場にて、4月21日まで行われています。4月25日には福岡・福岡市民会館、5月8日には愛知・愛知県芸術劇場 大ホール、5月24日から26日までは大阪の梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティにて上演されます。http://www.parco-play.com/web/play/marie19/

【美輪明宏コメント】
天才詩人寺山修司の大傑作をお見逃しになれば、一生の後悔になります。
このようなお芝居は、今の世界には存在しない稀有な芸術性の高い演劇です。
誰もが優しい人になれます。


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