TAP the SONG
ウォン・カーウァイ監督『恋する惑星』の主題歌としてヒットしたフェイ・ウォン「夢中人」
1994年に公開されてから30年が経った今でも、90年代におけるアジアン・アート・フィルムの傑作として名高いのが、ウォン・カーウァイ監督による香港映画『恋する惑…
1952年岩手県盛岡市生まれ、仙台市育ち。音楽プロデューサー/作家。
音楽業界誌『ミュージック・ラボ』を経て、1977年から86年の解散まで甲斐バンドのマネージメントを行う。
その後にTHE BOOM、プライベーツ、宮沢和史、喜納昌吉とチャンプルーズ、ヒートウェイヴ、中村一義、有里知花、スーパーバタードッグ、ハナレグミ、小野リサ、由紀さおり、マルシアなどをプロデュース。
舞台「久世光彦 マイ・ラスト・ソング~あなたは最後に何を聞きたいか~」、「Sing with TORIRO 三木鶏郎と異才たち」、美空ひばり二十三回忌イベント「HIBARI 7 DAYS」などのプロデュースと演出を手がける。
著書はノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店/小学館文庫)『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)、『美輪明宏と「ヨイトマケの唄」 天才たちはいかにして出会ったのか』(文藝春秋)、最新作は『ウェルカム!ビートルズ』(リットーミュージック)。
Romancer Cafe にて『阿久悠と歌謡曲の時代』を連載。 https://romancer.voyager.co.jp/cafe
2023年6月20日死去。享年71。

TAP the SONG
1994年に公開されてから30年が経った今でも、90年代におけるアジアン・アート・フィルムの傑作として名高いのが、ウォン・カーウァイ監督による香港映画『恋する惑…

TAP the SONG
動くビートルズがアメリカで初めて人の目に触れたのは、今から60年前の1964年1月3日に放送されたテレビ番組『ジャック・パー・プログラム』で、イギリスの注目すべ…

TAP the DAY
1985年7月13日に開催された「ライヴエイド(LIVE AID)」は、アフリカの飢饉救済のためにミュージシャンたちが開いたフェスティバルで、ロンドンとフィラデ…

Extra便
中学時代から俳句をたしなんでいた大橋克己は、高校生のときに俳号で「巨泉」を名乗り始めて、それがそのままペンネームと芸名になった。 1950年代の後半から大学生の…

Extra便
エルヴィス・プレスリーが初期の頃に使用していたギターでもっとも有名なのは、1955年の前半にステージで使っていたマーティンD-18だろう。 1956年3月に発売…

TAP the SONG
1976年の11月から12月にかけて、東京・赤坂にあるクラウン・スタジオでは小林旭のアルバムが制作中だった。同じレコード会社に所属していた縁もあって、細野晴臣が…

TAP the DAY
大瀧詠一がエレックレコードとの契約で、プライベートレーベル「ナイアガラ」を設立したのは1974年9月だ。自分のレーベルを持って作詞・作曲・編曲・プロデュース・エ…

TAP the SONG
1973年5月25日に発売された細野晴臣のファースト・ソロ・アルバム『HOSONO HOUSE』で、1曲目にアコースティック・ギターの弾き語りで収録されているの…

TAP the STORY
幼い頃から、晴臣少年は家にある重いSPレコードを選んで、自分で大きな蓄音機を回して聴くのが大好きだった。 蓄音機は母方の祖父にあたる中谷孝男のものだったが、晴臣…

Extra便
細野晴臣と大瀧詠一がはじめて出会うのは1967年の春先のことだが、きっかけはもう一人の友人との出会いだった。 その前年の秋、立教大学のキャンパスにある待ち合わせ…

TAP the SONG
1968年の春、原宿駅前にあるビルの喫茶店にて どこで細野の噂を聞いたのだろうか、突然の電話で呼び出されたのは前日のことだ。 「慶応の松本という者ですが、ちょっ…

TAP the DAY
1968年2月に結成されたGSの「ザ・フローラル」は、日本のモンキーズ・ファンクラブが公募したバンドだった。彼らが所属するミュージカラー・レコードという会社から…
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