1990年にザ・フーがロックの殿堂入りを果たしたとき、授賞式で紹介役を務めたのはU2のボノだった。そのスピーチでボノは、ザ・フーが自身とU2に与えた影響の大きさについてこのように語っている。
「私はザ・フーのファンです。他のどのバンドよりも、ザ・フーは私たちの手本となりました。私は彼らを愛しているし、それゆえに彼らのことが嫌いです」
U2の音楽というと、ボノの書く社会問題や宗教をテーマにしたメッセージ性の強い歌詞や、エッジのギターから生まれる空間的なサウンドが印象的だが、ザ・フーの影響とはどのようなものなのだろうか。
ボノは2005年にローリング・ストーン紙のインタビューで、自身に影響を与えたミュージシャンについて、ビートルズやローリング・ストーンズ、ボブ・ディランなどの名前を挙げつつ、ザ・フーについてはこのように説明している。
十五歳の頃に聴いたザ・フーには、大きな影響を受けた。大音量の騒音とコードと熱狂の間から、別の声がするんだ。「青い目の裏に隠されたものを、誰も知らない……」
そのとき発見したものは、僕にとって不可欠な要素で、音楽に惹き込まれる要因となったと言える。つまり、「探求」という概念だね。探検すべき別世界があるのではないか、という感覚だ。僕はそれを、ピート・タウンゼントやボブ・ディランから教わった。
ボノが口にしたのは、ザ・フーが1971年にリリースしたアルバム『フーズ・ネクスト』に収録されている「ビハインド・ブルー・アイズ」の一節だ。
♪誰も知らない
それがどんなものなのかを
悪い人間になるということを
悲しい人間になるということを
青い目の裏に隠されたものを
歌の主人公は孤独で、悲しみと怒りに包まれている。しかし、その理由については書かれていない。
この曲ができた頃、ピート・タウンゼントは『ライフハウス』という作品に取り組んでいた。当時のザ・フーは、1969年に発表したロック・オペラ『トミー』と、翌1970年にリリースされたライヴ・アルバム『ライヴ・アット・リーズ』の大成功により、同じ英国出身のビートルズやストーンズと肩を並べるほどの存在となっていた。
しかし、それは次の作品を作る上で大きなハードルとなる。メンバーとともにスタジオに入っても、『トミー』のレベルに届いていないと感じるだけで終わってしまい、新作はなかなか進まなかった。
そんな日々の中で、ようやくピートが辿り着いた一筋の光明ともいえるアイデアが、『トミー』に続く第2のロック・オペラとも言うべき作品『ライフハウス』だった。
『ライフハウス』の舞台は、環境破壊により防護服なしでは外を出歩くことすら出来なくなった世界だ。人類の大半はコールドスリープされ、グリッドと呼ばれるコンピューターの管理のもと仮想空間で暮らしている。あえて例えるなら映画『マトリックス』の世界に近いだろうか。
そんな冬眠状態にある人類を目覚めさせる鍵となるのがロックで、目覚めることを願う人々はライフハウスと呼ばれる場所へと集まっていく。
ピートは『ライフハウス』を音楽や映画によるメディアミックスで表現しようと考えたが、その難解なストーリーや世界観は、他のメンバーやスタッフに理解してもらうことができず、結局お蔵入りとなってしまった。
そのときに書かれた曲を集めて発表されたアルバムが『フーズ・ネクスト』だ。
「ビハインド・ブルー・アイズ」は、グリッドを管理する悪役ジャンボの心情を描いた歌だったが、『ライフハウス』の物語から切り離されてしまったことで、その本来の役割は失われてしまった。
しかし、だからこそ“探検すべき別世界”が生まれ、聴くものに様々な想像をさせる曲となった。
ボノもまた、U2の作品の中で“探検すべき別世界”を用意している。例えば、U2がアメリカで初の1位を獲得した「ウィズ・オア・ウィズアウト・ユー」は、その意味をめぐって様々な解釈を呼んだ。
目の中にある石を見るんだ
目の前を揺れる茨を見るんだ
僕は君を待っている
ところで、「ビハインド・ブルー・アイズ」にはもう1つ別の意思が宿っている。それはボーカルであるロジャー・ダルトリーの怒りと悲しみだ。
ロジャーはそのことを2013年にテレビのインタビューで明らかにしている。ザ・フーのアルバムにおける一番の魅力は、メンバーの実体験が色濃く表現されている点だと説明し、中でも自分にとっては「ビハインド・ブルー・アイズ」が特別だという。
「その日、俺の犬が殺されたんだ。控えめに言っても、俺はものすごく動揺していた。その感情がよく出てるよ。歌の中から聞こえてくるんだ」
ザ・フーやU2だけではない。その音と言葉に耳を傾ければ、いたるところに“探検すべき別世界”は用意されている。
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引用元:
『「ローリング・ストーン」インタビュー選集 世界を変えた40人の言葉』(TOブックス)
参考文献:
『ピート・タウンゼント自伝 フー・アイ・アム』ピート・タウンゼント著 森田義信訳(河出書房新社)