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ビートルズの武道館公演を客席で観ていた次世代のスターとシンガー・ソングライター

2025.06.29

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京都のバンドだったザ・タイガースは、地元のファンが手に入れてくれたチケットをプレゼントされて、ビートルズ来日公演を東京の日本武道館まで、沢田研二、岸部一徳、森本タロー、加橋かつみ、瞳みのるの全員で観に行った。

そしてその直後に渡辺プロダクションと契約を結び、プロとしてレコード・デビューすることが決まった。早速、上京して全員で合宿暮らしを始めると、翌年の2月に「僕のマリー」でデビュー、ただちにGSシーンで最も人気があるバンドになった。

当初のキャッチフレーズは、「若者の夢を歌うフォーク・ロック・グループ」というものだった。

寺内タケシとブルージーンズのギタリストだった加瀬邦彦は、前座として武道館に出演する予定になっていた。ところが前座の出演者たちは「ビートルズとの接触を一切禁じられて、公演を観ることさえもできない」と、事前にマネージャーから知らされて愕然とした。そこで彼は急遽、来日公演の直前にブルージーンズを脱退して、客席からビートルズを観ることにした。

加瀬は公演を観た直後に、全員が演奏とコーラスのできるザ・ワイルドワンズを結成する。はじめからビートルズのようなバンドが目標だった。やがてビートルズと同じ東芝音楽工業の洋楽部門であるキャピトル・レーベルから、11月5日に自分で作曲した「想い出の渚」でデビューして大ヒットを放った。

またGSブームが去った後に作曲家となった加瀬は、タイガース解散後にソロ活動した沢田研二へ楽曲を提供し、一時はプロデューサーとして二人三脚で活躍している。

ビートルズを知って夢中になってコピーから始めて、ライブで実力を磨いていったバンドがザ・スパイダースだ。彼らにも前座出演のオファーがあったが、メンバー同士で話し合って辞退することにした。かまやつひろしが著書「ムッシュ!」にこう記している。

客席で日本人ミュージシャンのステージを観ながら、正しい判断をした、とぼくは感じていた。いまでも、正解だった、と思っている。ビートルズをはじめとするイギリスのビート・グループが起こしたムーブメントに対するとらえ方が、日本の芸能界、音楽界は甘かったのだと思う。“カウンターカルチャー”などという言葉はまだ生まれていなかったが、日本の芸能界の対応を見ながら、「そうじゃないんだ」といつも心のなかでつぶやいていた


チューリップのリーダーとなる財津和夫は、大学受験に失敗して浪人中だったが、東京の大学に行っていた女友達から武道館公演のチケットを譲り受けることができたので、博多から17時間かけて夜行列車で武道館に駆けつけたという。広い会場に着いて自分の席につくとほぼ最上段で、ビートルズは豆粒大の大きさにしか見えなかった。

ところで財津が何より驚いたのは、隣の席にいた同世代の男の子についてだったという。彼はデッキシューズにヨットパーカー姿で、「ポール! ジョージ! ジョン! リンゴ!」と、初めから終わりまで、泣きながら叫んでいたのである。

東京はなんて、すごいんだ。こういう男の子がいるのだ。とまたまた感動が増してしまった。そして、音楽で男に涙を流させるビートルズとは、なんてすごいのだろう、音楽にはこんな力があるのだ、と興奮と感激で、ふたたび夜行列車に乗り込んだのだった。ぼくもバンドをやりたい、と切実に思うようになった。
(財津和夫著「心の旅、永遠に」河出書房新社刊)


最も早い時期からビートルズに夢中になった少女の一人で、1970年代からシンガー・ソングライターとして活躍するイルカが来日公演に行ったのは、高校1年生になってまもなくのことだ。

チケットのために懸賞に何十枚もはがきを送って、聴きに行きました。宿泊したホテルの周りには機動隊が盾を持って厳重な警戒。同級生数人と裏口から潜入して、結局会えなかったけれど、厨房(ちゅうぼう)の人がもうサインをもらっていて、それを触らせてもらいました。


しかし、警備があまりにも厳重すぎて異様なまでの緊張状態で、心から楽しむ雰囲気など全くなかったという。

ただでさえビートルズと同じ空気を吸うんだから緊張しているのに、機動隊の人たちが並んでいたので、みんなしーんとしていましたね、しーんと。コンサートが始まったら「キャ~」って感じはありましたけど、ステージに上ってとか、失神してとか、そんなことは到底できませんよね。


仲井戸麗市は16歳の高校生だったが、来日公演に行く前から「来るというのは間違いなく嬉しいけど、帰ってしまうのは悲しい」と、やや複雑な感情があったという。そして実際に公演が終わった後の虚脱感は、ハンパじゃなく大きいものだった。

混沌としている当時の自分は、「ビートルズが帰っちゃった。明日からどうしよう……」って本当に胸がはりさけそうな気分だった。


日本の音楽史におけるビートルズ来日公演は、あらゆる面からみてエポックメイキングな出来事になった。このようにして武道館の会場で観客としてビートルズを観た若者や少年少女、あるいは観られなかったものたちが、その後の日本の音楽シーンの主役になっていく。

ジャーナリストの竹中労が、新聞記者たちとチームを組んでまとめた「ビートルズ・レポート―東京を狂乱させた5日間 (話の特集) には、来日公演を体験したなかで音楽そのものに感動したと述べている中村八大の言葉が紹介されていた。

切符が手に入ったので、あまり気がすすまないままに公演にでかけた。でも公演をきいて感動した。本当のものが確かにある。それでいまビートルズの音楽を分析しているところですが、作品は相当すごい。歌も常識とかなり違っている。音楽も、ポピュラーとはいえ、教会音楽、それに長いヨーロッパ音楽の伝統が生かされ、非常に高度だと感じた。とくに最近の音楽は、誰にでもやれるというものではない。あの音楽は、楽しく陽気なのとはまったく逆のもの。深刻で本質的なものをもっている。
(『ビートルズレポート―東京を狂乱させた5日間(話の特集 完全復刻版)』WAVE出版)


ビートルズよりも半年前に全米ヒットチャートの1位になった「SUKIYAKI(上を向いて歩こう) 」をつくった作曲家、プロデューサーでもあった中村八大は、このときに日本の音楽家としてはほとんどただ一人、「深刻で本質的なもの」を高く評価していたのだった。

(注)本コラムは2016年6月24日に初公開されました。


ビートルズ・レポート―東京を狂乱させた5日間 (話の特集−完全復刻版)

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