1977年8月にギタリストとしてアンディ・サマーズが加わったポリスが、3人のメンバーで活動するようになってから数週間が経った頃、ドラムのスチュワート・コープランドが突然、髪を明るい金髪に染めてきた。
それを見て驚いたアンディとスティングは、「スチュワートは正気ではない」と思ったという。だがその数日後、スティングのところにチューインガムの宣伝への出演依頼があった。それにはパンク・バンドらしく見えるように、メンバー全員が髪を金髪に染めてほしいという注文が付いていた。
お金が必要だったので、二人とも明るい金髪にすることに同意した。そして3人のブロンド男のバンドというのも、なかなか魅力的だということが判明する。髪の毛を漂白したことで連帯感が高まり、観客の中にも金髪が目立つようになった。
夜になると3人は通りに出てウェストエンドの建物の上に、スプレーで自分たちのバンド名を書きなぐった。アンディが自伝でこう回想している
生き残るために必死だった。汚れていない壁にバンド名をスプレーしながら、むなしい目で見つめた。先が見えない。レコードが売れるといった話どころか、お金が全然ない。ポリスはパンクバンドとはいえないし、僕がやっていることは正気の沙汰ではない。
昔ながらの友人たちの多くが、僕がおかしくなったと思っている。僕は孤独を感じはじめていた。でも、最初にスティングとスチュワートに覚えた直感を信じていた。僕らの音楽ができるという直感。
3人はネズミが走り回るような、ほら穴みたいなスタジオでひたすら練習に打ち込んだ。そんなほら穴から一筋の光が見えるように、バンドのサウンドが固まっていく。そして代表曲が生まれてくる。
1977年の秋、ライブに呼ばれて前の晩にパリに着いた3人は、なんとか1ポンドで泊まれる簡易ホテルを見つけた。そこは屋上のマッチ箱みたいに狭い部屋だった。
あまりにも狭いので、お互いぴったりと体をくっつけて寝るしかない。スチュワートとアンディはテレビから流れる、フランス語の字幕付きの映画『スター・ウォーズ』を見ていた。
その頃、スティングはホテルの外の裏通りで、たむろする娼婦たちをじっと観察していた。けばけばしいネオンのセックスショップがある路地の坂道では、20人ほどの女たちがチェーン・スモーキングしている。
客がつくのはやや歳を食った女で、若い女は売れ残る傾向にあった。部屋に戻ったスティングはホテルの窓の下の通りで、稼ぎもないまま立ちすくんでいる少女を思い浮かべながら、「ロクサーヌ」という曲を書いた。
お金がなくて何もできないので、翌日はダラダラと1日を過ごし、夜になってサンジェルマンにあるライブ会場に行った。
ところが誰もいない。チケットが売れなかったために、ライブはキャンセルになっていた。
せっかくパリまで出かけてきたのに、肝心のライブがキャンセルになったので、ギャラどころか交通費ももらえない。失望せずにはいられなかったがホテルに戻る途中、有名なポンヌフ橋に立ち寄った。
橋の真ん中で車を止めてセーヌ川を見下ろしながら、アンディとスティングは死体になって浮かんだ娼婦について話していた。
「この川に浮かんだ娼婦の死体はどのくらいの数だろうね」
「ずいぶん汚い水だけど、これが飲み水になるのかな」
「ブリジット・バルドーの街だね」
やがてバンドの将来についてお互いに励まし合った。こんな状況を耐え抜いたのだから、きっといつか何かできる。時間の問題だよね?
それから黙りこくって、また川を見つめながら、空想に落ちていった。
スティングの妻フランシスが、しばらく故郷のアイルランドに戻ることになったというので、その間は自分たちのアパートに寝泊まりするようにとアンディが誘った。
ある晩、スティングが寝ているはずの居間の方から、ナイロン弦の穏やかなギターの音色とともに「ロクサーヌ」という名前の女の子の歌が聞こえてきた。
ロクサーヌ
君が赤い灯りをともすことはない
あんな日々は終わった
もう夜まで体を売ることはない
「ロクサーヌ」と呼ばれる娼婦の歌が、アンディには明日の我が身だと感じられたという。繰り返される「赤い灯を灯すことはない」というフレーズを聞きながら、アンディは寝返りを打って眠りについた。
ロクサーヌ
今夜あのドレスを着る必要はない
金のために通りを歩くこともない
間違っていようがいまいが
君が気にすることはない
ロクサーヌ
君が赤い灯りを灯すことはない
パリへ行った体験からスティングが作った「ロクサーヌ」は、辛辣な歌詞を持つジャズっぽいボサノヴァの曲だった。しかし、軽快なリズムのボサノヴァでは、当時のパンク・ムーブメントのなかで誰も聴いてはくれない。スチュワートがもっとビートを効かせるために、リズミカルなアレンジにすべきだと主張した。
そこから試行錯誤が繰り返されて完成する「ロクサーヌ」によって、ポリスの3人の人生は劇的に変わっていくことになる。
〈引用元〉アンディ・サマーズ (著), 山下理恵子(翻訳)「アンディ・サマーズ自伝 ポリス全調書」 (Pーvine books)
〈参考文献〉スティング (著), 東本 貢司 (翻訳)「スティング」 (小学館文庫)
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