1975年から76年にかけてカルメン・マキ&OZが発表した2枚のオリジナル・アルバムを聴くと、それぞれの時代の空気がレコード盤の溝に刻み込まれているように感じられる。
すべてがいつのまにか負の方向に向かい始めていたのに、その流れに気づかないまま無力感に包まれていった日本と日本人。
セカンド・アルバム『閉ざされた町』の「崩壊の前日」は、そうしたことを描いている歌詞だったが、どこかに諦念がただよっていた。
終戦後の復興から1960年代までの日本の高度成長期は、資本主義国を中心にした世界経済の順調な発展、1ドル360円に固定された為替レートのもとでの輸出拡大、安価で無制限な資源とエネルギーの供給に支えられていた。
その3つの前提条件が相次いで崩れたのは1971年8月で、貿易赤字が続いていたアメリカがドルの固定相場制に耐えられなくなり、それを放棄したのが発端だった。
日本はまったく予期していなかった円の変動相場制(フロート)に移行し、円の大幅な切上げを余儀なくされた。世界でも同時にインフレや農作物の不作から物資が不足する現象をもたらし、1973年の秋に始まった第4次中東戦争が引き金となり、「第1次石油危機」が生じたことから世界経済は一時的に混乱状態となった。
わずか数か月のうちに国際石油価格は、1バーレル3ドルから12ドルへと4倍になった。安価で豊富な石油に依存する日本への影響も甚大で、不安にかられた人々が日常生活の必需品を必要以上に買い込んで、トイレットペーパーに代表される物資が店頭から姿を消す現象、「モノ不足」騒ぎによるパニックまで起こったのである。
消費者物価は年率20%以上の急騰となり、人々や企業は先行きのまったく見えない状態に陥った。そして1974年は高度成長が始まって以来、初めてマイナス成長となって景気も急速に悪化していった。
石油危機によるインフレと景気後退は1975年の初めになって、ようやく一段落して景気が回復に転じた。それでも日本経済が科学の発達とともに成長し続けるという、戦後復興を支えていた根拠なき幻想は失われてしまった。
そのために漠然とした将来への不安が、徐々に広がっていくのは避けられなかった。そうした陰鬱な空気感に覆われていたのは日本だけでなく、1975年から76年にかけてのカリフォルニアも実は同様であった。
1976年3月、カルメン・マキ&OZのリハーサルがロサンゼルスで開始したのとまったく同じ時期に、イーグルスがアルバム『ホテル・カリフォルニア』のレコーディングを始めた。
イーグルスの目の前に広がっていたのは、楽園(パラダイス)を失った人たちで溢れていたアメリカだ。
アルバムの最後を飾った7分24秒に及ぶ「ラスト・リゾート(Last Resort)」は、アメリカの国鳥である鷲が楽園を追放されたアダムとイブを俯瞰しながら、ゆっくり飛んでいるように響く作品であった。
そこには先住民であるインディアンの平和な生活を奪うことで、自分たちの暮らしを手に入れた白人たちによる先住民文化破壊への反省と、当時も続いていた自然破壊に対して関心を持つように促す歌詞が出てくる。
気晴らしにでもと混み合ったバーへ繰り出すと
誰もが待ち切れずに声をかけてくる
「そっちはどんな具合だい?」
人々はそこをパラダイスと呼ぶが
僕には何故かわからない
街がハイになっている陰で、誰かが山を削っているのだ
1960年代から世界中で巻きおこったベビーブーム世代の若者たちによるカウンター・カルチャーの勃興と、ベトナム反戦運動という激しい季節の終わりに書かれたドン・ヘンリーの詩には、告発の意識とともに無力感を思わせる諦念がただよっていた。
一部の大金持ちがやって来て大地を陵辱したが
彼らが捕まることはなかった
醜い家を建てまくり、キリスト教徒が買っただけだった
彼らはそれをあるべきパラダイスだと言うけれど
くすんだ太陽が海に沈んでいく様を眺めていただけだ
そしてカルメン・マキ&OZにとって渾身の作品となったアルバムのタイトル曲には、その時点ではまだ出来上がっていない「ラスト・リゾート」に共通するイメージが、なぜか通奏低音のように流れていたのであった。
楽園(パラダイス)は希望と夢を持って開かれた場所に集まってきた人の幻想だから、閉ざされた町にパラダイスがあるはずはない。夕焼け空に赤く染まる”あなたの町”や”あなたの家”に重くのしかかってくのは、まさに時代の閉塞感と諦念といえるものだった。
それがヘヴィなサウンドとともにカルメン・マキのヴォーカルから伝わってきたのだから、今になって考えてみれば同じロサンゼルスという空気のもとで、シンクロニシティが起こっていたのかもしれない。
「閉ざされた町」
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