「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

TAP the ROOTS

ドラッグ・ソングとされた「雨の日の女」に隠された時代の伝道者の叫び声

2019.05.16

Pocket
LINEで送る

♪ みんな、ゲット・ストーンドすりゃいいのさ ♪


マリファナでハイになった状態のことを、ストーンドといいます。
実際、スタジオではミュージシャンたちがマリファナを回し吸いながら、楽器まで交換して演奏した、という逸話が残された「雨の日の女」ですが、ボブ・ディランははっきりとこう言っているのです。

「私は、ドラッグ・ソングなど一度も書いたことはない」

だったら、思わせぶりなアレンジをするな、とも言いたくなるのですが、ラジオ局だけでなく、多くのリスナーがこの歌をドラッグ・ソングだと思い込んだのは事実でした。
しかし、ディランがドラッグ・ソングではない、と言うのであれば、「ストーン」は石を投げる、「ゲット・ストーンド」は石を投げつけられる、と訳してみるしかありません。

♪ いい子でいようとすると
  みんな君に石を投げるのさ
  言ってた通りに
  みんな君に石を投げるのさ
  家へ帰ろうとすると
  みんな君に石を投げるのさ
  それから君がひとりでいたって
  みんな君に石を投げるのさ
  でも、俺だけじゃないだろ
  みんな石を投げられりゃいいのさ ♪


石を投げる。。。
俺だけじゃない。。。
このフレーズから連想されたのが、ヨハネ福音書の一節でした。
律法学者やパリサイ人が、姦淫の罪でつかまったひとりの女性を連れてきて、イエスに問います。

「モーセの律法の中で、こういう女を石で打ち殺せと命じましたが、あなたはどう思いますか」

すると、イエスはこう答えます。

「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい」

ディランはこの逸話をモチーフに、自らの浮気を自己弁護しているのだ、というわけです。
当時、ディランにはサラという妻となる女性がいながら、イーディというピンナップ・ガールと短いロマンスを繰り広げていたのは、前回の「ジャスト・ライク・ア・ウーマン」のコラムでご紹介したとおりです。

俺を非難してもいいのは、浮気をしたことのないやつだけだ!
ディランはそんなメッセージをこの歌に託したのでしょうか。

♪ みんな君に石を投げて
  これで終わりだというのさ
  みんな君に石を投げて
  それでいてまた戻ってくるのさ
  クルマに乗っていると
  みんな君に石を投げるのさ
  ギターを弾いていると
  みんな君に石を投げるのさ
  でも、俺だけじゃないだろ
  みんな石を投げられりゃいいのさ ♪


2012年。ようやく、ディランはこの歌の意味について、私たちにヒントを明かしてくれました。それはローリング・ストーン誌でのインタビューでのことです。

「使徒言行録に馴染みがある人は多くないらしい」

ディランが口にしたのは、新約聖書でも、ヨハネ福音書でもなく、使徒言行録とも使徒行伝とも呼ばれる使徒たちの行動記録です。

そこで、彼は「ああ、天が開けて、人の子が神の右に立っておいでになるのが見える」と言った。
人々は大声で叫びながら、耳をおおい、ステパノを目がけて、いっせいに殺到し、彼を市外に引き出して、石で打った。


ステパノ、もしくはステファノは、最初の殉教者と言われています。

前作「追憶のハイウェイ61」まで、東洋思想を身にまとっていたディランですが、「ブロンド・オン・ブロンド」では身を翻すように、聖書の世界に足を踏み入れます。
「ジョアンナのビジョン」では、ヨハネの女性名を使って、ディランならではの黙示録のビジョンを展開しています。

観客から痛烈なブーイングが浴びたディランは、自らを新たなる時代の使徒になぞらえていたのかもしれません。




(このコラムは2015年12月3日に公開されました)


Bob Dylan『Blonde on Blonde』
Sony

Pocket
LINEで送る

あなたにおすすめ

関連するコラム

[TAP the ROOTS]の最新コラム

SNSでも配信中

Pagetop ↑

トップページへ