「この曲を、誰もが知り、誰もが大好きなアメリカの政治家に捧げる。その名は、スピロ・アグニュー」
1969年12月14日、発売されたばかりのデビュー・アルバム『クリムゾン・キングの宮殿』の1曲目に収録されている「21世紀のスキッツォイド・マン」を演奏するにあたって、ロバート・フリップがそう説明すると、バンドはあの印象的なリフを弾き始めた。
忍び足、鉄の爪
神経外科医は
より多くを求めて叫び声をあげる
血塗られたドアに佇むパラノイア
21世紀の精神異常者
1968年。アメリカでは、リチャード・ニクソンが第37代大統領に指名されている。ケネディ暗殺、ベトナム戦争の泥沼。そんな時代の中、ニクソンが副大統領に指名したのが、スピロ・アグニューだった。
スピロ・アグニュー。彼は1967年にメリーランド州知事になったばかりの、全国的にはほとんど無名の男だっただが、彼には、堅物のニクソンにはない明るさと魅力があった。そして何より、テレビ映りがよかったのである。
アグニューの人気は瞬く間に沸騰した。彼のキャラクターを模した腕時計やマグカップは飛ぶように売れた。ギリシア移民を父に持つ軍隊上がりの男は、暗く塞ぎ込んできたアメリカの希望に映ったのかも知れなかった。
血塗られた拷問台
有刺鉄線
政治家たちを火葬するための
薪の山
ナパーム弾の火で
無垢な者たちは犯される
21世紀の精神異常者
だが、そんな人気者アグニューが笑顔を振りまいている裏で、本当の悪者は狂ったシナリオを書いている。ロバート・フリップはそう言いたかったのだろうか。
実際、ニクソン政権では大きな事件が起こった。いわゆるニクソン・ショックである。金という裏打ちがなくても好きなだけドルを刷る、という銀行家たちが大喜びしそうな政策は、この時代に始まっている。
だが、キング・クリムゾンの歌が予言したように、スピロ・アグニューは葬られることになる。州知事時代の収賄の罪で、副大統領を辞することになるのである。
アグニューの辞表を受け取ったのは、大統領補佐官であるヘンリー・キッシンジャーだった。ニクソンに中国との国交回復をアレンジしたのも彼である。
そして。。。
アグニューの後釜として副大統領に指名されたのが、第38代大統領となるジェラルド・フォードだった。そう、リチャード・ニクソンもまた、ウォーターゲート・スキャンダルで辞任に追い込まれたからだ。
フォード政権でも、キッシンジャーは国務長官を務めている。副大統領に指名されたのは、ネルソン・ロックフェラーだった。
キッシンジャーは、ロックフェラーがニクソンと争った1968年の共和党大統領候補指名選で、外交顧問をしていた関係である。そして後のイラク戦争で名をあげることになるドナルド・ラムズフェルドも、国防長官に就いている。
そう、この時代に、アメリカ国家安全保障会議(NSC)を中心とした軍産複合体が出来上がったのである。
経済は銀行家たちに。
軍隊は兵器屋たちに。
まさしく、そんなシナリオを書いたものこそ、21世紀の狂った奴、なのだろう。だが、ヘンリー・キッシンジャーは90歳を越えた今も、トランプ政権のキーマンであろうとしているのである。
*このコラムは2016年12月に公開されました。
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