4作目となるアルバムを制作するにあたり、レッド・ツェッペリンのメンバーは、ハンプシャー州のヘッドリー・グランジにいた。
3階建ての石造りのこの建物は1960年代から1970年代にかけて、リハーサルやレコーディングでよく使われた場所である。
森の中に建てられたその場所へ、ジョン・ポール・ジョーンズが持ち込んだアイディアは、マディー・ウォーターズの曲からヒントを得たものだった。
1968年に発表されたマディー・ウォーターズの『エレクトリック・マッド』を聴いて、リフを思いついていたのだ。倍速にすれば、いけるはずだ。彼はそう考えていた。
「最初のセッションでは、ちょっと速すぎた。誰もついて来られなかったからね」
と、ジョン・ポール・ジョーンズは振り返っている。
少しずつ曲の形が出来上がってくる。リフが一度終わったところから歌い始める部分は、フリートウッド・マックの「オー・ウェル」を参考にした。
フリートウッド・マックといっても、スティーヴィー・ニックスやリンゼー・バッキンガムが加入する前のマックである。ピーター・グリーン率いるブルース・バンド。それが当初のフリートウッド・マックのイメージであった。ピーター・グリーンは、エリック・クラプトンが脱退したジョン・メイオール&ザ・ブルース・ブレイカーズに、クラプトンの後釜として加入したギタリストである。
それにしても、この歌のタイトルは何故「ブラック・ドッグ」なのだろうか。歌詞には一度も黒い犬は出てこない。
歌詞については、大した意味はない、とロバート・プラントは語っている。それほどジョン・ポール・ジョーンズが持ち込んだリフありき、の曲だったのだろう。だが、曲にはタイトルが必要である。
男心をくすぐる魅惑的な女性に惹かれながらも、最後は家庭的な女性に心の平安を求める主人公の歌。何か、いいタイトルはないものか。
そんなことを考えていた時にも、その犬は彼らの元へやってきた。森に覆われたその敷地内にいついているらしいその黒いラブラドール・レトリバーは、よくメンバーのところへ遊びにやってきていたのである。
イギリスでブラック・ドッグというと、不吉なイメージがある。シェイクスピアのマクベスにも登場する黒い犬は、ヘルハウンド、黒妖犬とも呼ばれている。地獄の女神ヘカテーの猟犬だとも、魔女が信仰対象とした妖精だとも言われてきたのである。
だが、メンバーのところにやってきた黒い犬は、可愛かったし、ご飯を与えると喜んで平らげた。それでも、野犬の性であろう。食べ終えるとすっと森の中へ姿を消していく。
ヘッドリー・グランジは1795年、救貧院として建てられた。ある時は貧しい者や身寄りのない高齢者のために、またある時は貧者を強制的に働かせる場所として存在してきた。そして彼らの前に現れた黒い犬は、貧者というよりは、メンバーがちゃんと曲作りに励んでいるか、監視しているようにも思えた。
そして。
「ブラック・ドッグ」はアルバムの冒頭を飾り、ジョン・ポール・ジョーンズの書いたリフは、ツェッペリンを代表する1曲となったのである。
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