いい音楽が流れる、こだわりの酒場を紹介していく連載「TOKYO音楽酒場」。今回訪れたのは、個性的な店が軒を連ねる新宿ゴールデン街の中で人気のシャンソンバーを紹介。若い女性客も気軽にお酒を楽しめるような居心地の良さと、自由な雰囲気が魅力です。
新宿ゴールデン街。戦後の青線地帯の名残りを感じさせる、うなぎの寝床のような木造長屋が密集するこの一角は、世代交代しながらも多くの飲み屋がひしめきあうように営業を続け、夜になれば無数の看板に灯が点る。最近では外国人客の人気観光スポットにもなっているというゴールデン街で、個性を放っているのが〈シャンソンバー ソワレ〉だ。
シャンソン歌手として活躍するソワレさんが、2004年にオープンしたこの店。トリコロールの色彩が、路地裏のくすんだ風景に映える。扉を開けると、10人も入れば一杯になってしまいそうな1階のほか、2階には自宅の居間のようにくつろげる座敷席も。ピアノが常設してあり、生音生声でのライブや、作品の展示スペースなどとして使われることもあるそうだ。
「以前、渋谷にあった〈青い部屋〉で店長やプロデューサーをやっていて。当時から歌手の渚ようこをはじめ、仲間がゴールデン街で働いていたりしたこともあって馴染みがあったんです。そこで、雇われの立場じゃなく自分で自由に出来る、仲間がたくさん集まって楽しめるような場所を作ろうと思ってはじめたのが、この店なんです。ゴールデン街って、昔はシャンソンに精通している店もあったんですが、開店当時はほとんどなかったのでシャンソンバーにしようと決めました。でも、そう名乗ってるにも関わらず、歌謡曲とか自分の好きな音楽しかかけないし、ずっと80年代のテレビ番組が流れてたりするような店になっちゃったけど(笑)」(ソワレ/以下同)
ソワレさん曰く、少年の頃に河合奈保子を好きになったことで越路吹雪の歌に触れ、越路吹雪に出会ったことでシャンソンを歌うようになったのだという(その不思議ないきさつは、いつかソワレさんと店で会った時に熱く語ってもらうのがいいだろう)。店に集うお客さんには若い女性も多く、気軽に入れる敷居の低さと自由な空気も魅力だ。ゴールデン街の片隅で夜を重ねて、いつしかオープンから11年目を迎えた。
「長く続けようという意識はあまりなかったんですけどね。店をはじめるにあたって、最初は何も考えてなかったんです。曜日ごとにママ(マスター)が替わるのは、オープン当初から。気楽に集まれる場所を作ろうと思って、仲のいい友達に適当にやってもらおうって感じで、ママとして働いてもらうようにしたんです」
今では同じゴールデン街で〈夜間飛行〉という店を開いているギャランティーク和恵や、元SAKEROCKのベーシストで現在はショピンなどで活躍する田中馨、人気急上昇中の姉妹ユニット=チャラン・ポ・ランタンのアコーディオン奏者である小春といった現在活躍中のミュージシャンをはじめ、タレントの坂本ちゃんなど、多彩な人脈が歴代ママに名を連ねている。実は、本コラムの写真を撮っている写真家の相澤心也や、TAP the POPのサイトデザインをしているいのくちあきこも、最初はソワレの客として訪れていたのに、いつの間にかカウンターの中で働くようになったのだそう。
「いろんな人がママをやってくれてるけど、みんなには、その日にカウンターに入ってる人がオーナーのつもりで勝手にやってくださいって言ってます。たとえば小春や馨くんがミュージシャンとして活躍しているのは、単純に嬉しいです。どんどん大きくなってほしい……って、僕が大きくしたわけではないんですけど(笑)。小春なんかは、彼女が以前アコーディオンを抱えて流しをやってたので、18歳ぐらいの時からここによく来てて。最近はすごく忙しくしてるみたいだけど、本人が入りたいって言ってくれてるので、今も不定期でママとしてカウンターに立ってます。彼女が店に入る日は、チャラン・ポ・ランタンのファンの方がたくさん集まってくださるけど、それを小春自身も楽しんでるんだろうし。無理しない程度に続けてくれればって感じですね」
「ウチの店は、曜日ごとのママさんを目当てで通う人が多いので、お店につくお客さんっていうのは意外と少ないのかも。でも、バーにとっては、それが健全だと思うんですよね。やっぱりお客さんって人につくものだと思うから。だからある曜日を任されていたママが辞めていったら、その人が作ってきた雰囲気は無くなってしまうかもしれないけど、それもまた新しく入ったママさんが一から作っていけばいいわけで。こういう物言いをすると誤解されるかもしれないけど、自由にやってもらっていいし、辞めたかったらいつでも辞めていいし。もちろん、情はないわけじゃないんですよ。だけど僕自身、そういう接し方のほうが楽だと思う性質なんですよね」
ソワレさんの言葉の端々から感じるのは、「ケ・セラ・セラ」な感覚だ。一期一会の出会いを重ねながら、人生は色合いを深めていく。しかし、生き様は人それぞれ。人の生き方に他人が執着することはできないし、自分の進む道もいつまでも自由に選べるようであるべきだ──シャンソンバー ソワレを開店してから11年。ソワレさんは、今年1月っぱいで週1回のレギュラーから卒業し、オーナーとしての仕事に専念することに決めたのだという(曜日替わりのママの都合が合わない時など、イレギュラーではカウンターに立つこともあるそう)。
「僕は、今年歌手活動20周年を迎えるんです。それに向けていろいろ始動したいと思うのと、新宿二丁目にもう一軒お店を持ってるし(Bar 星男)、以前からプロデューサーとして関わってきたサラヴァ東京の支配人になったこともあって、日々の仕事が思った以上に大変で。他にも新しいことをはじめようと企画してるんですけど、とりあえずは、毎週ここの店に来るっていう縛りから解放してから考えようと決めたんです」
「僕はカウンターに入る時にはお酒飲まないって決めてるんです。なので、みなさんが店でワイワイ飲みながら生まれたようなつながりが、僕には無いんですよね。今まで通りオーナーは続けるんですけど、これからは普通に飲みに来るお客さんの立場になろうと思って。なので、みなさんが飲んでる仲間に入れていただきたい(笑)。カウンターの中に居た時よりも、近い関係になると思うし、また新しいつながりが生まれるかと思うととても楽しみなんです。それにしても、昔は週2、3日は店に入ってたから、今までに1000日以上はカウンターに立ってると思うんですよね。尊敬する越路吹雪さんでも、日生劇場の舞台に立ったのは505回だったんだから……もうそろそろね(笑)」
撮影/相澤心也
シャンソンバー ソワレ
東京都新宿区歌舞伎町1-1-7 新宿ゴールデン街 花園三番街
月水木 20:00~26:00
火 21:00~26:00
金土・祝前日 20:00~29:00
日19:00~ *終了時間はお問い合わせ下さい
TEL:03-5272-8088
http://bar.soiree.in/
シャンソン歌手 ソワレ website
http://www.soiree.in