松本隆の言葉の世界に2015年を代表するクリエイターたちが集ったトリビュートアルバム『風街であひませう』に収められた、小山田壮平&イエロートレインの「SWEET MEMORIES」は、松田聖子のオリジナルが醸し出していたノスタルジックな世界とは、いささかニュアンスが異る仕上がりになっていた。
どうしてニュアンスが異なっていたのかといえば、男の子の声でバンド・サウンドだからと言うしかない。
Sweet Memoriesとは、そもそも甘く懐かしいだけの記憶ではなく、出会いに伴うときめきや不安、別れに伴うやるせなさ、自責の念といった苦さをも含む思い出だろう。時の経過とともにそれらの複雑な思いが浄化され、ノスタルジックな味わいに包まれていく。
しかし小山田の声とバンドの演奏からは、ノスタルジックな味わい以上に、痛みを伴う喪失感と切迫感が伝わってきた。男の子の胸の奥に隠れている気持ちが、ごく自然に顔をのぞかせた感じだった。
1984年に福岡県飯塚市に生まれた小山田は、山沿いの新興住宅地で育ったが15歳で福岡市内に出たという。音楽をやるために19歳で関東にやって来たのは、「自分だけが知ってる音楽の美しさを認められたかった」からだ。
2007年に早稲田大学を卒業した後、ギターとヴォーカルの小山田、ベースの藤原寛、ドラムの後藤大樹の3人で andymori は結成された。バンド名はアンディ・ウォーホルの名前と、藤原新也によるインドの写真集「メメント・モリ」をつなげた造語だった。
2010年11月に後藤が脱退して、ドラムが岡山健二に替わった andymori は、2014年10月の日本武道館ライブを最後に解散した。
「SWEET MEMORIES」をレコーディングしたイエロートレインは、andymori 結成時のオリジナル・メンバー3人を中心に、久しぶりに集った昔からの友人たちだという。
そのせいだろうか、シンプルな構成のアコースティックなバンド・サウンドによる「SWEET MEMORIES」からは、彼らにしか起こせない風が吹いてきた。
ときには幼い子どものようにも聴こえる小山田のさまざまな声と、ドラムとベースのリズム隊が繰り出すグルーヴから、彼らの風は生まれていた。
”若過ぎて悪戯に傷つけあった二人”と歌う小山田の声を聴いていると、ひたむきに音楽の道を歩もうとしたバンド少年たちの姿に、別の影がオーバーラップしてきた。
小山田は所沢に住んでいた頃に墓が近いというので、尾崎豊の命日に墓参りに行ったことがあったという。(注1)
尾崎豊はとてもシャイな人だったときく。彼は彼の音楽を残そうとした。でもそれが難しい状況があったんだろう。いろんなものに期待しすぎて、背負いすぎたんだ。音楽を聞けば、彼が見ていた時代や景色を感じられる。それはそれは眩しくて美しい。
『風街であひませう』のブックレットで、宮藤官九郎が”どういった部分で「ヒットする」「この子はイケる」と判断してましたか?”と質問すると、松本隆が即座にこう応えているのが印象的だった。(注2)
声です。それは京平さんも一緒。写真なんかいらない。声だけ。
宮藤官九郎がそれ受けて語った言葉もまた、実に的を射る答えだと納得した。
いまの若い人たちってみんな歌が上手いじゃないですか。平均レベルもすごく高い。でも、上手いのが当たり前というのはどうなんだろうって思うんです。安田成美さんじゃないですが、味わいのある歌い方をする人が少ない。ぼくはそういう人のほうが好きなんです。
確かに『風街であひませう』に参加したヴォーカリストたちは、草野マサムネ、斉藤和義、ハナレグミ、小山田壮平、そして還暦過ぎの細野晴臣まで、味わい深い男の子の声という点で見事に一致していた。
(注1)2015年2月14日公開 ブログ「尾崎豊の17歳の地図を聴く」http://oyamadasohei.blogspot.jp/2015/02/17.html
(注2)松本隆と宮藤官九郎の発言は、松本隆 作詞活動四十五周年トリビュート『風街であひませう』(完全生産限定盤)のブックレット「風街で語る」からの引用です。