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カート・コバーンの退屈な日々を終わらせたメルヴィンズ

2017.04.04

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「メルヴィンズに出会うまで、俺の生活は本当に退屈極まりないものだった」


カート・コバーンが生まれ育ったワシントン州モンテサーノは、カナダとの国境に近く西海岸から少し陸地に入ったあたりに位置する町で、人口は4千人にも満たない。

そんな片田舎で1967年に生まれたカートは、幼少期から音楽やアートへの関心が人一倍強かった。
カートの叔母で自身もミュージシャンでもあり、のちにカートに最初のギターを買い与えることになるマリ・アールによれば、2歳の頃からビートルズの「ヘイ・ジュード」などを歌っていたという。

「あの子はやろうと思えば何でも歌えたんです。だから、こう言えばいいだけでした。
『さあカート、これを歌ってちょうだい!』ってね」


決して娯楽の豊かな町ではなかったが、この頃のカートは退屈とは無縁の幸せな日々を送っていた。

しかしそんな幸せな日々は徐々に崩れ去っていく。
7歳になった頃、カートは自分が同年代の他の子たちに比べて物覚えが悪く、他者との共感が得られないことに気づき、そのことにストレスを感じ始めたという。
そして8歳のときには両親が離婚するという、ショッキングな出来事が置きた。

「そのせいで劣等感を感じてたことは忘れられないよ。俺は本当に親父やお袋のことが恥ずかしかった」


カートの心には大きな傷が入り、友達を作ることもなく内に引きこもるようになるのだった。

「俺は成長することにワクワクしたものを感じてたんだ。だけど6年になって気づいたよ。
『なんだ、俺の人生なんてこんなもんか。つまんねえ。俺の知ってるヤツなんて、みんなクソみてえな人間ばかりじゃないか』ってね」


そんなつまらなくて退屈な日々が一変したのは1983年、カートが16歳のときだ。
この頃、カートは叔母に買ってもらったギターでデモ・テープを録音したり、学校ではバンドを組んでドラムを叩いたりと、はたから見ればかなり音楽に打ち込んでいたようにみえるが、当人からすれば退屈しのぎの1つに過ぎなかった。

その年の夏、バンドのリハーサルのためにスタジオに入ったカートは、偶然にもメルヴィンズのメンバーと出会った。
メルヴィンズは結成されたばかりのバンドだったが、地元ではすでに一番人気のあるパンクバンドだった。
はじめはザ・フーやジミヘンのカバーが中心だったが、やがて彼らはテンポが遅くて重いサウンドを追求し始める。



その音楽はグランジの基盤を作ったともいわれ、ニルヴァーナの音楽にも多大な影響を与えている。
メルヴィンズのメンバー、そしてその音楽に触れたカートは、彼らと行動を共にするようになるのだった。

「ホントに突然、今までとは全然違う世界を見つけたんだ。ハイスクールにいる間に、俺は本気になって音楽に入れ込み始めたよ、ロック・ショウを観たり、それで自分がやりたいことは何でもするようになったってわけさ」


バンドの中心人物でカートと同じ学校に通うギター・ボーカルのバズ・オズボーンは、カートの第一印象についてこのように振り返っている。

「まだ十代だったろ。それなのに、まるで脱走者みたいないい面構えしてたよ」


退屈な日々に別れを告げ、本格的に音楽に没頭し始めたカートは、やがてニルヴァーナとともに世界中を席巻するのだが、メルヴィンズとの関係はその後も変わることはなかった。
1993年にメルヴィンズがメジャー・デビューを果たしたときには、カートが一部の楽曲でギターやパーカッションで参加している。
そこにはニルヴァーナのブレイクに乗っかりたいというレコード会社側の思惑があったが、そんなことはお構いなしにカートはメルヴィンズとのセッションを楽しむのだった。


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