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売れ始めても英雄マディ・ウォーターズの使いっ走りをやめなかったピーター・ウルフ

2017.01.18

12歳の時、52丁目の伝説的ジャズ・クラブ「バードランド」に入り浸るようになったんだ。あの頃は18歳以上の付き添いが一人いれば、その手の店でも平気で入れた。俺はアート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャーズ、えらくきわどい曲を歌うダイナ・ワシントン、他にもいろんなジャズ・ミュージシャンを聴いた。そこからハーレムのアポロ劇場まで水曜の夜のショウを観に行くようになるのは、ごく自然の成り行きだった。高校時代になると、あの劇場にずっと通い詰めてたよ。


1970年代にJ・ガイルズ・バンドのヴォーカリストとしてデビューし、解散後はソロ・ミュージシャンとして現在も活動を続けるピーター・ウルフは、自らの感動的なブルーズ体験の序章にそう綴った。

ピーターはアポロ劇場の「ブルーズ大行進」というショウに出向き、そこで生まれて初めてマディ・ウォーターズを聴いた。当時はすでに都市部の黒人の若者たちの間ではブルーズは古びた音楽に過ぎなかった。その夜も「俺たちはもう綿花なんて摘んでないぞ」と、誰かが叫んでヤバイ雰囲気になっていた。あのブルーズの王様B.B.キングのステージの途中でのことだ。

しかし、マディが登場すると、場の空気は一変。「戯言はやめろ」と言い放つと、全員をブルーズに連れ戻した。出演者の中で最もいなたいサウンドを聴かせたにも関わらず、観客たちは熱狂した。マディのパワーは凄まじかった。ピーターはすっかり取り憑かれてしまった。

その後、ボストンで美術学生となったピーターは似たような趣味を持っていた仲間たちとブルーズ・バンドを組むことにした。のちにJガイルズ・バンドになる面々だ。ピーターはブルーズ・ハープをマスターすべく、「ジャズ・ワークショップ」に出演していたマディを再び観に行くことになった。

マディが登場するまで、彼のバンドがステージを温める。メンバーにはジェイムズ・コットンやオーティス・スパンがいた。その夜もマディは親分らしく堂々と、しかも一分の隙もない洒落た佇まいで観客を沸かせた。

休憩に入ったセットとセットの間で、ピーターはどうすればコットンがあんなにユニークなブルーズ・ハープを吹けるのか、一緒にいた友達とどうしても秘密を探りたくなった。アンプの中に何か特殊効果があるに違いないとあたりをつけたピーターは、こっそりとステージに上がって調べ始めた。

すると、背後に何かが迫ってくるのを感じた。スコッチ・ウィスキーの強い臭いが漂ってくる。
お前ら、ここで何してる?
巨漢のコットンが睨んでいる。
あの……あなたのアンプを見せてもらっていただけです
何で俺のアンプなんかを見てるんだ?
あなたがどうやって……その……あのサウンドを出しているか知りたくて。この裏にどんな仕掛けがあるのか
アンプなんかに関係ねえ!
ピーターたちは殴られる前にさっさと退散した。

次にピーターがマディやコットンたちを見たのは1964年。自分が住んでいたワンルームのアパート近くにあったクラブでのこと。それは生涯に渡る友情の基盤ともなった。18歳のピーターはクラブの前でブルーズマンたちがやって来るのを待ち続け、遂にワゴンから降りてきたマディに挨拶したのだ。
こんにちは、ミスター・ウォーターズ。この前の『ジャズ・ワークショップ』でのステージを見せてもらいました。大ファンなんです

マディは目の前の白人の若者を気に入ったのか、バンドのメンバーに紹介し、1週間分のステージ用の機材搬入を手伝わせてくれた。その中にはコットンの例のアンプも入っていた(*注)。楽屋にマディが入ると、ピーターはトイレに行くことにした。しばらくするとコットンとスパンが入って来て喋り出した。
ここはコーヒーハウスらしいぞ
それってコーヒーしか出ないってことか?
分かんねえな
酒がまったく置いてねえ
だったらどこかで手に入れて来ないと
千載一遇のチャンスとばかりに、ピーターは二人に向かって言った。
僕が調達してきますよ‼︎

未成年の彼は自分の英雄たちのために酒屋に直行。その場で代わりに買ってくれる人に頼み込み、何とか酒を手配することができた。ピーターはマディのバンドの臨時ローディとして迎え入れられた。

ある夜、コットンやスパンたちはゆっくりと酒を飲むスペースを確保するために、近くの汚くて何もないピーターの狭い部屋にやって来た。「マディにもここのことを教えてやろうぜ」とスパンが言うと、次の晩には本当にマディも姿を現した。全員が床に座って煙草を吸ったり酒を飲んだりしてくつろぐようになった。トランプゲームをしながら議論し合い、酒の勢いで興奮してナイフが引っぱり出されることもあったが、そんな時はマディが一睨みして頷くだけでいつも解決した。

靴を脱ぎ、スーツとシャツはきちんとハンガーに掛け、Tシャツ1枚で頭にスカーフを巻いたマディが、他ならぬ俺のアパートにいるという普通じゃありえない光景に、俺はいつまでたっても平静じゃいられなかった。マディの初期のシングルをかけたり、音楽について語り合ったり、ブルーズの本や雑誌の抜粋を読んで聞かせることもあった。彼は再燃したブルーズ熱に大きな関心を寄せていて、俺が音読して伝えるというのが暗黙の了解になったんだ。


このことがきっかけで、以後10数年に渡ってマディたちが公演でやってくると、ピーターは駆け寄って彼らを歓迎した。この関係はJガイルズ・バンドがデビューしてヒットを出してからも、ハリウッド女優フェイ・ダナウェイと結婚してからも続けられた。ボストンの使いっ走りに逆戻りだ。ピーターが何よりも嬉しかったのは、マディが心底くつろいでくれたことだった。時には何も喋らず、二人で座っていることも、野球や女の話をしたこともあった。

1969年、マディが交通事故で重傷を負ってからは、彼は飛行機でやって来るようになった。ライヴが終わると、ピーターが食事ができる店へ案内する。それから空港に向かい、翌朝搭乗する便を持つ。二人は話したり、そのままうたた寝することもあった。

人気のない空港のターミナルで、偉大なるマディ・ウォーターズと一緒にいるということ以上に、すべてがあまりにも普通すぎること。彼の音楽の壮厳さ、人間としての高貴さが、かくも悲しく、味気のない環境に収まってしまうということに、俺は不思議を感じていた。


ピーターは、マディが歩いてきた長い旅路を想った。伝説のサン・ハウスやロバート・ジョンソンと知り合い、ルイ・ジョーダンらのジャンプ・バンドをその目で見つめ、1世紀以上に遡るブルーズの伝統を受け継いだ男の姿。ミシシッピ・デルタのプランテーションで最初に録音した時と何も変わらずに、マディは活力に満ちていたのだ。

しかし、友情にも終わりの時がやって来る。マディは足を引きずり、もう二度と会えないことを覚悟していたのかもしれない。いつものように空港で夜を明かすと、「リトル・ウルフ」と言ってマディはピーターに微笑んだ。

ピーター・ザ・ウルフ。ありがとう。ありがとう。ありがとう。我が友よ

マディはこの言葉をさらに1、2度繰り返した。自分が前にしているのは王様なのだと改めて思い知らせてくれる。あの堂々たる姿勢で搭乗橋を歩いて行った。そして一度だけ振り向いて手を振り、そのまま姿が見えなくなった。


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マディ・ウォーターズとピーター・ウルフ。1964年。

*注
ジェイムズ・コットンにも泣けるエピソードがある。コットンはサニー・ボーイ・ウィリアムスン2世に教えを受け、10代の頃にレコーディング経験があったものの、ジュニア・ウェルズの後任としてマディのバンドに加入するまで、リトル・ウォルターのような都会っぽいスタイルで吹いたことはなかった。

プレッシャーを感じたコットンはどうやって再現するかを、リトル・ウォルターに直接アドバイスを求めた。しかし、ウォルターはコットンの手からハーモニカを取ると、背を向けて軽快なリフを吹き、振り向くとこう言った。「な、簡単だろ?

さらにある夜。マディのステージでコットンがプレイしていた時、観に来ていたウォルターはまたしてもマイクとハーモニカを奪い取ると、その場をかっさらった。コットンは悔し涙を流して、バンドを辞めようと思ったという。だがその時だ。ウィリアムスンが入ってきた。愛弟子の落ち込んだ様子に気づいたのだ。
何があったんだ?
みんなウォルターに夢中なんだ。俺にはあの音がどうしても出せない
するとウィリアムスンは、
わしはお前にわしのスタイルを伝授した。教わった通りにやっていれば何の問題もないはずだ
コットンが顔を上げると、ウィリアムスンは続けた。
これから教えてやることを肝に銘じておけ

ウィリアムスンはステージに出ると、マイクなど無視してカントリースタイルでプレイし始めた。そして演奏が終わる頃には3本のハーモニカを同時に吹いていた。口の両側に2本、鼻でもう1本。観客は熱狂し、ウォルターは尻尾を巻いて逃げ出した。戻ってきたウィリアムスンはコットンに言った。「もう二度と自分を疑うな」。

コットンは自分のこのエピソードをピーター・ウルフに話してくれたそうだ。それは悪戦苦闘しているウルフを知っていたからだ。ウルフは思った。「ジェイムズも昔は俺と同じように秘密の仕掛けを探してたんだ」と。


参考・引用/『ザ・ブルース』(マーティン・スコセッシ監修)、ピーター・ウルフ公式サイト

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