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地獄の黙示録〜ジャングルの奥地に潜むクレイジーな静寂世界

2023.08.20

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『地獄の黙示録』(Apocalypse Now/1979)


その壮絶な映像や演出で貫かれた長時間フィルムを通じて、観る者に一定の体力や緊張を要求してくる映画があるが、真っ先に思い浮かぶのは『地獄の黙示録』(Apocalypse Now/1979)。

伝説の俳優マーロン・ブランドをはじめ、ロバート・デュバル、マーチン・シーン、デニス・ホッパー、ハリソン・フォードといった顔ぶれが登場するだけでも決して見逃してはならないが、それにしても製作エピソードのクレイジーさには事欠かない映画だ。

1976年3月に始まった撮影は、当初1200万ドルの予算で4ヶ月間で終わるはずだった。しかし、監督のフランシス・コッポラが「映画製作のプロセスが次第に映画のストーリーと似通ったものになっていった」と言うように、密林の奥地へと徐々に入り込んでいく。

フィリピンで行われた撮影自体も日増しに狂気沙汰に巻き込まれ、あげく天災に襲われてセットが破壊されるなどして、結果的に3100万ドル(当時のレートで約90億円)と1年半の期間に膨れ上がった。

ジョーゼフ・コンラッドの『闇の奥』を原作に脚本化したにも関わらず、シナリオは連日変更され、新しいアイデアが次々と加えられ、いつのまにかオリジナルとは大幅に違う形となったことは言うまでもない。

しかも映画会社の資金だけでは補え切れず、コッポラは『ゴッドファーザー』で得た収入すべてをこの映画に投下した(他に抵当に入れて借金もしたようだ)。さらに彼はフィルムの編集作業に2年以上も費やした。

『地獄の黙示録』よりも後からクランクインした同じベトナム戦争を扱った『帰郷』や『ディア・ハンター』が先に完成して公開される始末。ちなみに映画は未完成のままカンヌ映画祭に出品して、グランプリを受賞してしまうほどの反響の大きさだった。

生涯を懸けた大作であり、フィルム・オペラとして目論んだというコッポラ。ストーリーの設定は確かに泥沼化していたベトナム戦争だが、この狂気と静寂に覆われた世界観はあらゆる場所や状況に置き換えても起こり得る。

まだ観ていない方はまず<劇場公開版>を。次に約50分の未公開シーンを加えた<特別完全版>の順にオススメしたい。目的地に辿り着くまでの緊張感やマーロン・ブランド登場の凄みを体験できる。

この映画は難解ではない。変に理屈っぽく観るからそう思うのだ。恐怖は人間を支配し、異常な状態へ追い込む。戦場で人間が勇敢になるのも、惨虐になるのも、奇妙なことに熱中するのも、すべて恐怖から避難するためだ。恐怖から逃れるためには、人間は何を考え何をするか分からない。戦場は地獄だから怖いのではない。戦場では時に地獄が天国に見えるから怖いのだ。──黒澤明


(以下ストーリー・結末含む)
物語は、何かに取り憑かれるようにして再びベトナムへ戻って来たウィラード大尉(マーチン・シーン)が軍の極秘任務を言い渡されるところから始まる。それは「突如として音信不通となり、ジャングルの奥地で自らの王国を築いているカーツ大佐を抹殺せよ」というものだった。

同行する兵士4名がつけられたウィラードだったが、カーツに関する資料をめくりながら、なぜ叩き上げのエリート軍人がすべてを捨て去ってまで密林の中へ消えたのかという大いなる疑問が脳裏から離れない。カーツ探しの船旅が始まる中、ウィラードたちは移動するごとにベトナム戦争の狂気を目撃していく。

サーフィンが趣味のキルゴア中佐(ロバート・デュバル)は、ただ大波に乗りたいという理由だけで早朝から海沿いのベトコン村を急襲する。ヘリコプターのPAからはワーグナーの「ワルキューレの騎行」が大音量で鳴り響き、炎と轟音で覆われた光景を背に「朝のナパーム弾の臭いは格別だ」と微笑む。

さらに燃料調達先ではプレイメイトたちのラスベガス風の慰問ショーに遭遇。セクシーな女たちがロックに合わせて腰を振っていると、数千人の名もなき若者たちは興奮の頂点に達していく。一方で同行する兵士たちは次第に麻薬に溺れ始め、罪もない村人たちを殺してしまう。

アメリカ軍最後の拠点ド・ラン橋に着くと、凄まじい銃撃戦に巻き込まれる。カンボジアに入ると、農園を営むフランス人たちと交流して、ウィラードはそこで未亡人とベッドを共にする。

彼は近い。カーツ王国を至近距離に感じ取るウィラード。部下たちが次々と死んでいく中、遂に目的地に到着する。そこで待ち受けていた壮絶な光景とは? 果てして任務を遂行できるのか? そして暗闇の静寂からその男(マーロン・ブランド)は顔を覗かせた……ここは地獄だ。地獄の恐怖だ。


映画の予告編。ドアーズの「The End」やストーンズの「(I Can’t Get No) Satisfaction」やワーグナーの「ワルキューレの騎行」などが流れる。


プレイメイツの慰問シーン

戦場でサーフィンをする狂ったシーン

『地獄の黙示録』

『地獄の黙示録』






*日本公開時チラシ
135047_1
*参考・引用/『地獄の黙示録』DVD特典映像、パンフレット
*このコラムは2015年3月日、および2016年2月に公開されたものを更新しました。

★2016年4月には劇場公開版<デジタル・リマスター>が公開された。
公式サイトはこちらから
*最新チラシ
ポスター
©1979 Omni Zoetrope. All Rights Reserved.

評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
名作映画の“あの場面”で流れる“あの曲”を発掘する『TAP the SCENE』のバックナンバーはこちらから

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