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歌え! ロレッタ愛のために〜シシー・スペイセクがロレッタ・リンを演じた音楽映画の名作

2024.03.06

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『歌え!ロレッタ愛のために』(Coal Miner’s Daughter/1980)


ミュージシャンや歌手の人生を扱った映画の中でも、『歌え!ロレッタ愛のために』(Coal Miner’s Daughter/1980)は特に有名で名作と呼ぶに相応しい。主人公の名はロレッタ・リン。60〜70年代にカントリー音楽のイメージを作り上げた大スターの一人で、ベストセラー化した同名自伝本の映画化だ。

「彼女は結婚指輪を望んだ。しかし、彼はギターを贈った。それから二人の新しい人生が始まった」というコピー通り、この物語は音楽によって大きな転機を迎える。

1934年4月、アパラチアの山間部であるケンタッキー州ブッチャー・ホラーで、8人兄妹の2番目として生まれたロレッタ(ちなみに一番下の妹にクリスタル・ゲイル)。炭坑夫の父テッドの稼ぎだけで一家の生活は貧しかったが、小屋の中にはいつも家族の愛情やラジオの音楽が溢れていた。父は年に一度、子供たちに新しい靴やドレスを買ってくれた。

幼い頃から教会や地元のショーやイベントで歌っていたが、13歳の時に軍隊帰りの青年オリヴァー・ドゥーリトル・リン(愛称ドゥー)と恋に落ちる。父テッドはまだ子供であるロレッタの結婚に難色を示したが、二人は真剣だった。その後、先の見えない炭鉱の仕事に見切りをつけてドゥーはワシントン州カスターに移住。妊娠していたロレッタも後を追った。

そして18歳の時にはすでに4児の母となる。6回目の記念日に結婚指輪を望むロレッタに、ドゥーは質流れのギターをプレゼント。ドゥーはロレッタの美しい歌声が好きだった。このことがきっかけとなり、独学で覚えたギターで子供たちに自作の歌を聴かせる日々が始まった。

やがてドゥーの応援と協力もあって小さなレーベルから1960年にデビュー曲「I’m a Honky Tonk Girl」をリリース。宣材写真はドゥーが撮影。妻のために夫はなけなしの金をはたいて、レコードと一緒に写真を次々とラジオ局に送りつけた。この曲のプロモーションのために夫婦でラジオ局を車で直接まわった。ロレッタが24歳の時、父テッドが41歳で死去した。

失望していた二人にたまたま話しかけてきたラジオ局の男が言った。「その曲なら知ってるよ。カントリーチャートで14位にランクされてる」。この成功によって大手のデッカレコードと契約。さらに幸運は続き、カントリーの聖地ナッシュヴィルのグランド・オール・オプリで、大物歌手アーネスト・タブの紹介を受けて大舞台に立つ。

女性カントリー歌手のスターであり、憧れのパッツィー・クラインと親交を深めたロレッタは、彼女と一緒にツアーしながら様々なことを学んでいく。しかし、パッツィーはキャリア絶頂期の30歳で事故死。双子の女の子を産んだロレッタは、子供にパッツィーと名付けた。ドゥーは結婚指輪をプレゼントした。

ロレッタは着実に人気を獲得していく。1966年に初めてのナンバーワン・ヒットを出すと、以後「Fist City」(1968)「Coal Miner’s Daughter」(1970)「Rated “X”」(1972)など、自己体験や社会メッセージを込めた自作曲を次々と放ち続ける。

また、コンウェイ・トゥイッティとのデュオでもカントリー史上に残る成功を収めた。ロレッタは70年代終わりまでに凄まじい数のレコードをカントリーチャートに送り込んだ(ナンバーワン・ヒット16曲/トップ10ヒット47曲。ナンバーワン・アルバム10枚/トップ10アルバム37枚)。

『歌え!ロレッタ愛のために』は、どん底の生活から結婚・出産・育児、プレゼントのギターを手にしたことから歌手への道を歩み始め、やがて成功を掴む夫婦の姿。その華やかな活躍とは裏腹に、愛する夫や子供たちから遠く離れた巡業生活で次第に擦り切れてしまうロレッタの孤独な姿を描いていく……。

映画の原題『Coal Miner’s Daughter』は「炭坑夫の娘」のことで、ケンタッキー州ブッチャー・ホラーでの少女時代の生活や風景、父親への愛情を綴ったロレッタの代表曲。試写を観た時、ロレッタは涙が止まらなかったという。

映画のあらゆる場面が私の心に、関連した過去の出来事を一度に呼び起こし、今までの人生を2時間で再体験したような衝撃に震わせた。


ロレッタを演じたのはシシー・スペイセク。映画化が決まった時、ロレッタは30名余りの候補女優の写真の中から、ためらわずに選んだのが彼女だった。テレビやコンサートで「シシーが私を演じるの」と言って、正式なオファーをまだ受けていないシシーが驚くという一場面もあったそうだ。

当時30歳だったシシーは、13歳〜30代のロレッタを見事に演じた。少女に見えるように9キロの減量と胸の膨らみを隠した。さらにロレッタのテープを朝から晩まで聴き続けた。ロレッタ自身とも1ヶ月ほど共に暮らし、喋り方や動作を吸収した。これらの努力が実って本物のロレッタになりきった。もちろん吹き替えなしで自分で歌った。アカデミー主演女優賞を受賞。

父テッド役にはザ・バンドのドラマーだったリヴォン・ヘルム。夫ドゥー役には日本でもお馴染みのトミー・リー・ジョーンズ。アーネスト・タブは自身の役で出演してグランド・オール・オプリのシーンで歌っている。

シシー・スペイセクの歌唱はもちろん、パッツィー・クライン役のビバリー・ダンジェロの歌もいい。中でも印象的だったのが、ケンタッキー州ブッチャー・ホラーの小屋の中で家族揃ってラジオを聴くシーン。ブルーグラスの父、ビル・モンローの名曲「Blue Moon of Kentucky」が流れてくるところ。歌っているのはリヴォン・ヘルムだ。

予告編


こちらは本物のロレッタ・リン

『歌え! ロレッタ愛のために』

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*日本公開時チラシ

*参考/『歌え!ロレッタ愛のために』パンフレット
*このコラムは2017年12月に公開されたものを更新しました。

評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
名作映画の“あの場面”で流れる“あの曲”を発掘する『TAP the SCENE』のバックナンバーはこちらから

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