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マネー・ショート〜“リーマンショック”を予期した4人のアウトローたちの葛藤

2023.09.15

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『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(The Big Short/2015)


ジェイ・マキナニーが1984年に発表した(日本では1988年)、ニューヨークを舞台にした小説『ブライト・ライツ、ビッグ・シティ』(高橋源一郎訳)を覚えているだろうか。出版社に勤めるコカイン漬けの主人公がランチに出ようとすると、酒びたりの伝説の文芸編集者につかまるくだりがあった。そしてマティーニ片手に真っ昼間からこう言われる。

経営学で修士号を取ろうと思ったことはないのかい? 何も実業界に入らなくちゃいかんと言ってるわけじゃない。それについて書いちゃどうだと言ってるんだ。現代のテーマはそれさ。ビジネスの何たるかが分かってる奴が新しい作品を作るんだ。ウォリィ・スティヴンスは「金には詩的なところがある」って言っていたよ。もっとも彼は自分のアドヴァイスを守らなかったがね。「芸術は貧乏くさい屋根裏部屋からしか生まれない」なんて戯言に耳を傾けちゃいかん。


……それから20年後の2008年9月15日。アメリカの大手投資銀行リーマン・ブラザーズ社が破綻した(負債総額約64兆円)。そこから派生した世界的な金融危機を「リーマン・ショック」と呼ぶが、なぜこんなことが起きるに至ったのか。

『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(The Big Short/2015)は、この大規模な経済破綻の真実を描こうとした作品。詐欺的な金融システムとその裏側に潜んだ崩壊をいち早く予見し、ウォール街を出し抜いた4人のアウトローたちの姿が実話に基づいて描かれる。

しかし、ラストシーンでは誰も歓喜せず、むしろ葛藤し続けて虚しくなっているのが心に残る。これは決して「華麗なる大逆転」のドラマではない(この副題は相応しくない)。物語はもっと深くて悲しい。

原作となった『世紀の空売り 世界経済の破綻に賭けた男たち』(2010年)を書いたマイケル・ルイスは、ウォール街に勤めていた経歴もある作家。歴史ある投資銀行がどうやって証券市場で何千億ドルも失ったのかを取材し始めると、対象者たちは口を揃えてこう言ったそうだ。

私が一度の取引でなぜ100億ドルを失ったのか、あなたに説明する唯一の理由は、若い頃にあなたの本を読んで意気揚々とウォール街のトレーダーになったからですよ。


ルイスは、彼らのような人間を業界に引き入れたことに責任を感じた。だからこそ、資本主義の心臓部たる機関がいかに愚かになり、あんな自殺的なことをしたのか探ることにした。

そうして進めるうちに、銀行、政府、専門家の都合の良い見解とは逆の動きをした業界のアウトサイダーたちの存在を知る。彼らはいかにシステムがクズなのかを見抜いていた。アメリカの住宅・金融市場が前例のない大失敗をする方に賭けていたのだ。

監督・脚本のアダム・マッケイは、「そもそも殆どの人は何が起きたのか未だに分かっていないと思う」と指摘しながらも、リーマンショックの実態を理解するのはそれほど難しくないと言う。

住宅ローンを組み込んだ金融商品を作って、ばらまいてボロ儲けしたら、いい住宅ローンが足りなくなって、それでしょぼい住宅ローンを組み込んだ。そこから飛び火してエスカレートした。


金融商品とは不動産を担保とした証券「MBS(モーゲージ債)」のことで、しょぼいローンとは所得や信用が低い人でも無担保審査なしで簡単に住宅を手にすることができるサブプライムローンのこと。さらに優良なローンから危険なローンまでを混ぜ合わせたリパッケージ「CDO(債務担保証券)」という商品までが作られるようになった。

これは一緒にしてしまえば全体としてのリスクは下がるだろうという何の根拠もないもので、きちんと理解されないまま、世界各国の投資家たちが買い漁った。権威ある格付け会社がサブプライムローンが組み込まれた商品でさえ、“AAA”という国債並みの高評価を与えたためだ。

マイケル・バーリ(クリスチャン・ベール)は裸足で仕事をし、ヘヴィメタルを大音量で聴いてドラムを叩くのが好きな元神経科医の資産運用家。住宅市場が高騰を続けていた2005年のある日、彼は驚くべき発見をする。すでに返済見込みのないサブプライムローンを含んだ金融商品が近い将来、必ず債務不履行に陥ることを。これはまるで世界を破滅させる時限爆弾そのものだ。

バーリはすぐさま「CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)」という保険商品を新たに作って来るべき事態に対抗する。これは住宅市場が崩壊して債権が紙屑同然の価値になった時に莫大な利益が得られるというもの。

要するに誰もが現状が永続すると信じて疑わなかった時期に、彼だけは真逆の賭けに出たのだ。“変人”の未来予測を理解できるはずもないオーナーや投資家たちは怒り、投資銀行は毎月高額な保険料を支払ってまで13億ドルもの愚かな“買い物”をするバーリを嘲笑った。

一方で、バーリの戦略を察知した者もいた。ドイツ銀行の取引仲介人ジャレド・ベネット(ライアン・ゴズリング)は、CDOがいかに脆い土台の上で成り立っているかをジェンガを例えにして、ヘッジファンドのマネージャーであるマーク・バウム(スティーブ・カレル)にCDSの必要性を説得する。

バウムは兄の自殺をきっかけに強い道徳心を持ち、普通の人々から絞り上げようとする銀行の強欲さに不信感を抱く人物。しかし、仲間たちとサブプライム市場に関する独自の調査を進めているうちに危うさを目の当たりにする。これはバブル以外の何物でもない。当初の安い金利は2007年に変動金利になって上昇する。ローンはいずれデフォルトするだろう。

20代の野心溢れる投資家の二人、ジェイミーとチャーリーはウォール街に参入しようとするが、条件に資金が15億ドルも足りない厳しい現実と直面。鼻であしらわれた投資銀行のロビーでたまたま住宅バブルやCDSの資料を手に取ったことから、ウォール街に嫌気がさして一線を退いたベン・リカート(ブラッド・ピット)に師事しながらチャンスを伺うことにした。空売りやCDSで次第に浮かれる若い二人に冷静なリカートは言う。

君たちは経済が破綻することに賭けたんだ。俺たちが勝てば、何百万人もの人々が職や家や老後資金を失うんだぞ。そして人が数字化されるんだ。“失業率1%上昇、4万人死亡”。はしゃぐな。


そして2007年。「合成CDO(合成債権担保証券)」なるCDSも含めた爆発寸前の原子爆弾のような商品も出回り始めた頃、得体の知れない力で膨らみ続けていたバブルにいよいよ崩壊の兆候が現れる。だが不当な格付けによって債権の価格は下がる気配がない。バーリ、ベネット、バウム、リカートそれぞれの運命は?

投資に縁がない人には慣れない専門用語が出てくるが、心配は無用。セレーナ・ゴメスらカメオ出演者たちが解りやすい例えを使って説明してくれる。映画の案内人役ともいうべきベネットを演じたライアン・ゴズリングは我々にこう語り掛けていた。

ワケわかんないだろ。自分が馬鹿に思えるだろ。それが狙いなんだよ。金融機関はわざと独特な言い回しを編み出して、自分たちがやってることに疑問を持たれないようにしているんだ。


また、バウムを演じたスティーブ・カレルは、

サブプライムローンが崩壊して、関連企業がビジネスから撤退して、誰一人刑務所に行かなかったのはいつだった? 覚えてる? いかにすべてが爆発したか覚えてる? そして政府が登場して、救済して、すべてが何事もなかったかのようになったのを覚えてる? この映画はそんなことについての映画だ。これはホラー映画なんだ。ずっと怖い映画だよ。


最後に、怒りを隠せないアダム・マッケイ監督。

肝心なのは、同じような問題が未だに金融システムの中枢に巣食ってるということ。金融機関は大きすぎて潰せない。あの2008年を経験してもなお、どこの銀行もますます膨れ上がってる。おかしいでしょ。この事実だけは何度でも伝えていくべきだよ。


書きながら思ったことがある。日本もそろそろ「お金の知識」を義務教育の段階できっちりと教えていくべきではないのか。「投資」を単なる金儲けやマネーゲームのためでなく、「騙されないためのスキル」「生き抜くための文化」だと考えれば、大人になってもアレルギーは起きないはずだ。

*音楽は、メタリカ、パンテラ、ガンズ・アンド・ローゼズ、レッド・ツェッペリン、ニール・ヤング、ニルヴァーナ、ゴリラズ、リュダクリス、ファレル・ウィリアムスらの曲を使用。ちなみにラスベガスの日本食レストランのシーン(バウムがウォール街の腐敗ぶりに「クソの塊だ」と嘆き、世界規模の経済破綻を確信する場面)では、徳永英明の「最後の言い訳」やショコラ&アキトの「ミナミナミ」が流れているので注目。

予告編


『マネー・ショート』

『マネー・ショート』






*日本公開時チラシ

*参考・引用/『マネー・ショート』パンフレット
*このコラムは2018年2月に公開されたものを更新しました。

評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
名作映画の“あの場面”で流れる“あの曲”を発掘する『TAP the SCENE』のバックナンバーはこちらから

【執筆者の紹介】
■中野充浩のプロフィール
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