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ライブで歌ってみて「悲しい酒」の本質に気づき、台詞をつけて名曲に育てた美空ひばり

2018.06.22

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テレビドラマの主題歌だった「柔」は1964年11月20日に発売されると翌年にかけて大ヒットし、第7回日本レコード大賞では美空ひばりにグランプリをもたらせた。
そして翌66年には生涯を通して代表曲となる「悲しい酒」が、6月10日にシングル盤として発売になった。
だが、このレコードがそのまま、スムーズにヒットしたわけではない。
この歌はレコードとは異なるライブ・ヴァージョンが先にファンの間に浸透し、コンサートのなかで広まっていったことによって、押しも押されぬ名曲に育っていった歌なのである。

そもそも「悲しい酒」は作詞家の石本美由起がコロムビアのディレクターから、「酒は涙か溜息か」の現代版を書いてほしいという依頼を受けて、1960年に作詞した作品だった。
古賀政男が戦前に書いた代表曲の「酒は涙か溜息か」は、ギターの伴奏だけで歌われるシンプルな哀歌(エレジー)だ。

 さけはなみだかかめいきか かなしいうさのすてどころ(「酒は涙か溜息か」)

石本はその歌詞と同じ文字数で、「悲しい酒」の歌詞を書いた。

 ひとりさかばでのむさけは わかれなみだのあじがする(「悲しい酒」)

古賀も8分の6拍子の哀歌(エレジー)を作曲し、北見沢惇という歌手によってレコードが発売された。
だがこれといった反響もないまま、「悲しい酒」はすぐに巷から消えてしまった。
そこには北見沢惇が早くに夭折したという事情があったらしい。
石本がこのように述べている。

その歌を心底気に入ってくれていた古賀先生は、残念がっていましたが、「この人と思える歌手が現れるまで世に出すのをよそう」と歌を封印してしまったのです。何人ものプロデューサーが、自分が担当する歌手に歌わせてくれと頼みに行ったけど、古賀先生は首を縦に振らなかった。そうして一年、二年という時間が過ぎ、北見沢淳が亡くなって五年目、ようやく古賀先生が封印を解く気を起こす歌手が現れました。
美空ひばりさんです。そして、その歌、「悲しい酒」は最高の歌い手を得て、私の才能を遥かに超えるものへと育ち始めました。


ここで石本が「最高の歌い手を得て、私の才能を遥かに超えるものへと育ち始めました」と語ったのは、比喩ではなくまぎれもない事実だった。

「柔」の大ヒットで気を良くした古賀に選ばれた美空ひばりだったが、コロムビアはレコード会社として無名の歌手の売れなかった作品を、歌謡界の女王に歌わせるわけには行かないという建前があった。
そこですでに発表された歌だという事実を、マネージャーだった母親の加藤喜美枝や本人には伏せたまま、美空ひばりのおかげで久々に大ヒットを放った大御所の古賀政男が温めていた作品だということにして、レコーディングは無事に行われた。

ところがその直後、6月から新宿コマ劇場で開かれる1ヶ月公演の舞台のリハーサルで歌ってみた美空ひばりは、レコードよりもテンポを落としたほうが自分の感情と歌が一つになることに気づいた。

そのために最も気持ちが入るテンポにまで落としていくと、レコードのヴァージョンよりもかなり尺が長くなって、その分だけ1番と2番の間奏が持たなくなったという。
美空ひばりは1番と2番の間に台詞があれば、もっと歌が引き立つと思って作詞家の石本に電話で気持ちを伝えた。

石本がそれに応じて頭に浮かべた台詞を、すぐにリハーサル中の美空ひばりに電話で送ったことで、「悲しい酒」という歌には新しい命が吹き込まれることになったのだ。
もしも美空ひばりが少しずつテンポを落として歌って、自分に最適のテンポを見つけなかったならば、台詞を加えるアイデアは浮かばなかっただろう。
さらにはその希望をすぐに頼まなかったたならば、「悲しい酒」は次の公演でレパートリーから外れていたかもしれない。

しかし、ゆったりとしたテンポで情感をたっぷり込めて歌われた「悲しい酒」は、悲しみを倍加させる台詞の効果もあって会場で聴いたファンの間では、すこぶる評判が良かった。


1966年6月といえばビートルズの来日公演という、音楽史に残るエポックメイキングな出来事があった時期である。
エレキブームの到来とともに急速に洋楽化していたなかで、音楽シーンは大きな様変わりに入っていたのだ。

そんなときに29歳になっていた美空ひばりが、日本人のメンタリティーともいわれる湿り気のある歌、未練とあきらめをうたう「悲しい酒」を歌ったことで、伝統的な日本の情念を表現する歌手として、演歌的な面が一気に浮かび上がってきた。

あらためて台詞入りでレコーディングされることになった「悲しい酒」は、翌年の3月15日に4曲入りのEP盤として発売になった。
そしてテレビ出演時にも歌われるようになり、そのときに美空ひばりがほんものの涙を流したこともあって、次第にに代表曲へと成長していったのである。

石本が「悲しい酒」について、こんな感慨を述べている。

日本人は哀愁民族だと思います。夢や希望を語るよりも人生の悲哀を忘れないでおこうとします。悲しい心を酒で忘れると言いながら、その悲しみを実は大事にしている。私はあの歌で、日本人らしさを問おうとまでは思いませんでしたが、ひばりさんが歌ったことで、表面的な成長の裏にある日本人の情念を語るような歌にまで育っていったのですね。



(注)石本美由起の言葉は、『別冊サライ 大特集 酒 五分間の芸術 美空ひばりの「酒」石本美由起』(小学館)からの引用です。

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