「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

デヴィッド・ボウイ特集

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既存の枠にとらわれず、新しい表現に挑み続け、ロックシーンに変革をもたらした生粋のアーティスト、デヴィッド・ボウイ。

『TAP the POP』ではこれまで、様々な角度からデヴィッド・ボウイにまつわるコラムを掲載してきました。
ボウイの音楽はまだまだ語り尽くすことができず、ここで取り上げているのはそのほんの一部に過ぎませんが、今改めてその魅力を振り返ってみたいと思います。


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デヴィッド・ボウイ特集

Extra便

デヴィッド・ボウイ追悼~センセーションとクリエイションを極めた男~

2016年1月10日、デヴィッド・ボウイが旅立った。 日本時間では、1月11日15時30分に更新されたFacebookの公式アカウントで「18ヶ月におよぶ癌との…

TAP the DAY

ベルリンの壁の向こうから聞こえる歓声を背に歌ったデヴィッド・ボウイ

デヴィッド・ボウイの訃報が流れたのは2016年1月10日、亡くなった翌日のことだった。 ロックンロールの新たな可能性を切り拓いた偉大なスターの死に、多くのアーテ…

TAP the LIVE

デヴィッド・ボウイ~ジギー・スターダストとの別れ

デヴィッド・ボウイの確固たる地位を築いた金字塔的アルバムが、1972年にリリースされた『The Rise and Fall of Ziggy Stardust …

TAP the SCENE

ベルベット・ゴールドマイン〜マーク・ボランやデヴィッド・ボウイがいたグラマラスな日々

1971年のロンドン。それまでのヒッピー時代への決別の意を込めてエスニックな衣装を脱ぎ捨てたマーク・ボランは、サテンやラメの衣装に身を包んでフォーク音楽から転換…

TAP the LIVE

マーク・ボランが亡くなる直前に実現したデヴィッド・ボウイとのTV共演

マーク・ボランとデヴィッド・ボウイが出会ったのは1964年の6、7月頃と言われている。 2人ともまだ17歳で、それぞれ本名のマーク・フェルドとデヴィッド・ジョー…

TAP the LIVE

日本文化を取り入れて新たな進化を目指したデヴィッド・ボウイの初来日公演

「これまでのどんなツアーの時よりも、僕は肉体性の動きがはっきり出るように演った」 デヴィッド・ボウイが初めて日本の地を踏んだのは、1973年4月5日のことだった…

TAP the STORY

ロック・スターのイメージを脱ぎ捨てたデヴィッド・ボウイの新たな挑戦

「多くの人が、あれ以上のショウはありえないと思ってくれているんだ」 デヴィッド・ボウイがそう語ったのは、1974年に企画された「ダイアモンド・ドッグス・ツアー」…

TAP the SONG

伝説のロック番組『ヤング・ミュージック・ショー』に残されたデヴィッド・ボウイの「ヒーローズ」

1978年12月12日、デヴィッド・ボウイの来日コンサートが東京の渋谷区神南にあるNHKホールで行われた。 その日は12月6日の大阪厚生年金会館から始まった日本…

TAP the ROOTS

デヴィッド・ボウイが歌った「チャイナガール」の正体とは?

♪ チャイナガールと一緒なら、この気分から抜け出せる   チャイナガールなしでは、抜け殻のような気分だ   彼女の鼓動が雷のように打つのが聞こえ   星々は音を…

TAP the SCENE

戦場のメリークリスマス〜デヴィッド・ボウイと坂本龍一とビートたけしが出演した大島渚監督作品

私はボウイを“使った”のではない。私の持論だが、監督は出演者を選ぶけれども、出演者もまた監督や作品を選ぶ。ボウイやタケシやサカモトが私を選んでくれたおかげで、『…

TAP the CHANGE

デヴィッド・ボウイを音楽の世界へと導いた「ハウンド・ドッグ」

デヴィッド・ボウイが音楽に特別な関心を抱くようになったのは、彼が9歳のときだった。 「うんと小さい頃、僕は従姉が踊ってるのを見た。プレスリーの『ハウンド・ドッグ…

TAP the DAY

モンキーズに同姓同名がいるという理由で改名したデヴィッド・ボウイ

1966年1月14日、一枚のシングルが発売された。 それは、デイヴィー・ジョーンズがデヴィッド・ボウイへと生まれ変わったことを知らせる一枚だった。 1964年、…

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