♪「A Case Of You」/ジョニ・ミッチェル
ジョニ・ミッチェルの歌に「A Case Of You」という名曲がある。
それは彼女が1971年に放った不朽の名盤『Blue』に収録されていた。
当時から画家としての才能も発揮していた彼女は、このアルバムをキャンバスに見立てて“自由で複雑難解な女心”をリリカルに歌い描いたのだ。
この曲タイトル“A Case Of You”を直訳すると“あなたの場合”みたいな意味となるのが、彼女がこの歌詞で表したものはちょっと違ったものだった。
あなた(You)をワインに喩えて「あなたなら1ケースだって飲み干せるの」と彼女は歌った。
つまり「あなたの事となればどれだけでも受け入れられる」という、女の恋心を表している言葉なのだ。
また、彼女はあるインタビューでこんなことを語っている。
「一般の家庭なら親が子供に聖書を読んで聞かせるのですが、わたしの母は違ってたわ。母はロマンチストで、わたしにシェイクスピアを読んで聞かせてくれたの。」
それは、彼女のルーツを垣間みるような貴重な発言だった。
この曲に出てくる“I am as constant as a northern star.”という歌詞は、シェイクスピア作品の『ジュリアス・シーザー』という悲劇に出てくるセリフから引用されたものである。
二人の愛が終わる前…あなたはこう言った
「僕の心は北極星のように揺るぐことなくいつも同じところにあるんだよ」
だからわたしは言ったの
「いつも暗闇の中にいるってこと?」
「あなたが私を欲しいなら私はバーにいるわよ」
そう言い放った主人公の女は、今度はそのバーカウンターで故郷の地図と彼氏の似顔絵を、コースターの裏側に落書きする。
ジョニ・ミッチェルの歌には、何気ない言葉やどうでもいいような行動の下にも、ワインのように濃く赤い人間の血が流れていることを教えてくれるのだ。
あぁ、あなたは私の血の中を流れる聖なるワイン
とても苦くて、とても甘い
あなたなら1ケースだって飲み干せるの
この歌に限らず、ジョニ・ミッチェルの紡ぐ歌詞には、ダイレクトな「I Love You」や「I Miss You」などという言葉がほとんど出てこない。
愛しさや寂しさを、その言葉を使わずに表現するのが“シンガーソングライター”だとしたら、彼女こそが“それに当てはまる存在”といえるだろう。
この名曲「A Case Of You」は、何気ない風景や恋人との会話を綴りながら、女心に潜む“愛情と孤独”を見事に表現したラブソングなのだ。