♪ アメイジング・グレイス
(信じられないほどの恩寵)
何と美しい響きだろう ♪
年末。クリスマスの頃になるといろいろなところから、いろいろなメロディーが流れてくるが、その中からいつも、誰かが歌うこのメロディーが聞こえてくる。
「アメイジング・グレイス」。
この歌は今や、日本人にいちばん親しまれているゴスペル・ソングだろう。
ゴスペル。それは神の福音。
様々なシンガーがこのゴスペルを歌ってきた。
今日はそのうちのいくつかを紹介しよう。
この半世紀近い“アメイジング・グレイス・ブーム”を作ったのはおそらく、女性フォーク・シンガーのジュディ・コリンズだろう。
1970年、コロンビア大学内にあるセント・ポール(聖パウロ)教会において、アカペラでレコーディングされたジュディの「アメイジング・グレイス」はイギリスで大ヒットし、67週連続チャートインという記録を打ち立てた。
海外では他にケルティック・ウーマンが、日本でも白鳥英美子、本田美奈子といった女性シンガーがこの曲を録音していることから、「アメイジング・グレイス」は女性が歌うゴスペルという印象を持った方も少なくないだろう。
だが、この男の歌も忘れてほしくない。
そう、ウィリー・ネルソンである。
♪ こんな私まで救ってくださった
道に迷いし私を救い出し
盲目だった私の目を開いてくださった ♪
「アメイジング・グレイス」の歌詞はそう続く。
この歌詞を耳にした瞬間、聖書を読んだことのある者が思い出すのが、パウロだ。ジュディ・コリンズが歌った教会の名前になっている使徒である。
トルコの南部にあったローマの属州キリキア州タルソスで生まれたパウロ(ユダヤ名はサウロ)は、ローマの市民権を持ち、ローマや当時のユダヤ総督の力を背景に、最初、イエスの使徒たち、信者たちを迫害する先頭に立った男だ。
だが、エルサレムだけでなく、現在のシリア方面へ更なる迫害へ向かう途中、ものすごい光に包まれ、声を聞く。
「サウロ、サウロ、なぜ、わたしを迫害するのか」
彼はイエスの声を聞いたのだ。そして視力を失ってしまう。
後にキリスト教徒が祈ると彼の目から鱗のようなものが落ちて視力を取り戻し、キリスト教徒となって地中海世界での布教にその人生を捧げることになる。
「目からウロコ」という表現は、新約聖書のエピソードである。
「アメイジング・グレイス」を作詞したジョン・ニュートンは、自らの人生に聖パウロの物語を重ねたのだろう。
船員を父に持つジョン・ニュートンは1725年、ロンドンで生まれた。彼も船乗りとなり、10代の頃から奴隷貿易に携わる。そしてある時、彼の乗った船が大嵐に合い、奇跡的に生還した時、この歌を書くきっかけが生まれることになる。
ニュートンはその後、船員を辞め、牧師となり、奴隷貿易反対の立場を鮮明にしていくわけだ。
♪ アメイジング・グレイス
(信じられないほどの恩寵)
何と美しい響きだろう
こんな私まで救ってくださった
道に迷いし私を救い出し
盲目だった私の目を開いてくださった ♪
優等生が歌うより、ウィリー・ネルソンのような男が歌ったほうが、この歌は似合うと思うのは、そんなわけである。
華やかなクリスマスももう終わる頃。
静かにひとり、ウィリーの歌声を聴きながら、少しだけ今年の反省をしてみるのも悪くない。