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ディランに解放を叫ばせたのは何だったのか?

2015.10.29

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♪ 我が愛する人
 彼女は、沈黙の如く語る
 理想論も暴力もない   ♪


「ラヴ・マイナス・ゼロ/ノー・リミット」はボブ・ディランが1965年に発表した5枚目のアルバム『ブリング・イット・オール・バック・ホーム』に収録されている。
エレクトリック・バンドをバックにつけたサウンドは賛否両論を呼んだが、このアルバムは全米でも6位、全英では1位と大ヒットを記録した。

bob-dylan-bringing-it-all-back-home

それにしても、摩訶不思議なタイトルである。
「ラヴ・マイナス・ゼロ」のあとの「/」は「オーバー」と読む。
つまり、このタイトルは分数なのだ。
分母が「ノー・リミット」。つまり、無限。
分子が「ラヴ」(-)「ゼロ」。

この「ゼロ」を理解するためには、摩訶不思議の摩訶の意味を知ることから始めよう。

摩訶般若波羅蜜多心経。
般若心経の前についているのが、摩訶だ。
これはサンスクリット語の「マハー」をそのまま音訳したもので、「偉大なる」といった意味である。
何故ここでサンスクリット語の話をしたのかといえば、「ゼロ」はサンスクリット語を英訳したものである可能性があるからだ。
「ゼロ」を発見した国、インド。
サンスクリット語では、この「ゼロ」のことを「シューニャ」「シュニャータ」という。
この「ゼロ」を使った有名な一節がある。

「ルーパン」は「シュニャータ」であり
「シュニャータ」は「ルーパン」である

「ルーパン」は「色」と訳されている。
そう、般若心経の「色即是空 空即是色」のことだ。

では、何故、ボブ・ディランは仏教用語をこの歌のタイトルに忍び込ませたのだろうか。
それは当時、彼が交際中で、後に最初の妻となるサラ・ラウンズを想ってこの曲を書いたから、と言われている。そう、サラは当時、禅に没頭していたのである。
もちろん、ボブ・ディランはこの時初めて、禅や仏教に触れたわけではない。ディランは<ギンズバーグ・サークル>の住人でもあった。当然、伝説のビート詩人、アレン・ギンズバーグの影響を受けている。
前回のコラムで、アメリカの禅ブームの礎をつくったのが鈴木大拙だったことを紹介した。その鈴木大拙が次のように語っている。

「近ごろアメリカにビートニックの一人として、統領株の者に四十ばかりの男が出た。ギンズベルグという詩人である。自分も一遍会ったことがある。日本的に俳句式の英詩を作る。
先月、かの『ライフ』誌を見ると、髭も髪も生え次第にして、無茶苦茶風采で、米国中を漂浪して歩く。カンサス州では大もてにせられておるとのこと。
この人の理想はシナ唐代の詩人、寒山・拾得の風を慕い倣うことである。これら千年前の詩人生活を米国化し、近代化したものといってよい」(「東洋的な見方」より)


鈴木大拙には、ビート詩人たちの生き方が、何物にも囚われず生きる古代の遊行僧のように映ったのである。
ギンズバーグは、ゲイリー・シュナイダーとともにインドへ渡り、日本へもやってきている。

アルバム『ブリング・イット・オール・バック・ホーム』からの第1弾シングルとなった「サブタレニアン・ホームシック・ブルース」は、プロモーション向けのフィルムが撮影され、映画『ドント・ルック・バック』の冒頭部分に使われているが、この映像でディランの後ろにいるのが、アレン・ギンズバーグである。



ギンズバーグは書いている。

 坐禅をしよう 坐禅をしよう
 少しばかり、忍辱と寛容を学ぼう


では、何故、禅が、仏教が、これほど当時のアメリカの若者たちをとらえたのだろうか。
その謎を解くひとつの鍵が、「リベレーション」(liberation)という単語である。
解放、と訳されるこの言葉は、1960年代を代表するキーワードのひとつである。
黒人の公民権、女性、同性愛。。。あらゆる解放運動が起こった時代だった。

「リベレーション」。
実は、仏教の根本概念がこの「リベレーション」という言葉に訳されていたのである。
「ヴィムクティ」「ヴィモークシャ」というサンスクリット語は、漢字では「解脱」と訳され、英語では「解放=リベレーション」と訳されたのだ。

元々は、輪廻転生からの解放が解脱である。

♪ 何度、歩いていけば
  人は男と呼ばれるのか ♪


「風に吹かれて」の主題のテーマも、仏教的である。
ディランは、ありとあらゆる彼を縛るものから自由でありたいと想っていたのだろう。
1965年、彼は「プロテスト・シンガー」というレッテルから解放されることを望んでいた。そしてそれは、プロテストに固執するジョーン・バエズとの別れをも意味していた。

理想を語り、人に投票させる民主主義も、力で押さえつける軍国主義も「彼女」とは無縁である、とディランは「ラヴ・マイナス・ゼロ/ノー・リミット」の冒頭部分で歌っている。
ディランが愛する「彼女」とは、誰のことなのだろうか。



Bob Dylan『Bringing It All Back Home』
Sony

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