TAP the DAY

「街に緑を、若者に広場を、そして大きな夢を」、1974年の郡山ワンステップフェスティバル

2016.08.10

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1974年の夏、福島県郡山市で11日間に渡って開催されたワンステップフェスティバルは、「街に緑を、若者に広場を、そして大きな夢を」、そんなテーマを掲げた地元の若者たちが始めた手作りのイベントだ。

その一環として行われたロック・コンサートは、8月4・5日、そして8・9・10日の5日間だった。

当時の日本では最大規模となるこの野外ロックフェスには、日本から30組以上のミュージシャンが出演、アメリカからも初日にリタ・クーリッジとクリス・クリストファーソン、最終日にはヨーコ・オノ&プラステック・オノ・スーパーバンドが参加した。

実行委員長となったのは佐藤三郎、1970年に商店会の仲間と行ったアメリカ旅行の帰りにハワイで観た映画『ウッドストック』に感銘を受けて、「日本版ウッドストックをやりたい」と行動を起こしたのがすべての始まりだった。

若者が自分で考えて自分で動き出すこと、「ワンステップ」踏み出すことの大切さを伝えたかったのです


佐藤は仲間とともにミニコミ誌「ワンステップ」発刊し、反公害や自然保護を訴える活動を始めると、「断絶している世代のコミュニュケーションを回復しよう」と、町の若者達の手でフェスティバルを企画した。

郡山市がその開催を許可し、そこに内田裕也がプロデューサーとして加わり、レコード会社も動いて大きな渦が生まれていく。出演者はすべてノーギャラで参加し、ロックを手がけるイベンターが裏方を支えた。

ポスターを引き受けたのは横尾忠則だった。

20110908_2718176郡山ワンステップ

なぜロックイベントだったかという問いに、「その当時ロックを通じてメッセージを訴えることが一番わかりやすくて強い力を持つと思ったし、何より若者に楽しんでもらえると思った」と佐藤は答えている。
アメリカまで出演交渉にやって来た佐藤に会ったオノ・ヨーコは、趣旨に賛同してバンドを率いて来日した。その記者会見で、「夢に共感した」と語った。

ワンステップに出演するのは、若者が自分たちで何かやろうという夢に共感したからです。
既成社会に頼ることなく、自分たちで何かやろうということ、自分が持った夢を実現していく、そういう力を持っている、それがうれしかったので参加しようと思いました。


しかし参加者の意識と現実は簡単にはかみ合わず、ヒッピーまがいのヘンな若者が集まって来ることを警戒する地元民も多かった。
ほとんどの中学や高校は、コンサート禁止令を出していた。ロック=不良とかんがえる大人たちが普通だったのだ。
当日も会場の近くには行かないようにと指導するなど、その過剰反応ぶりは滑稽なほどだったらしい。

最終日の夜はキャロルの演奏中に、興奮したファンが瓶や缶を投げてけが人が出て中断する騒ぎもあったが、素人が手探りで始めたフェスはおおむね順調で、9時過ぎにトリを務めるヨーコ・オノ&プラステック・オノ・スーパーバンドを迎えた。

しかし、初めて目にしたオノヨーコのパフォーマンスには、さすがに戸惑う観客が多かったらしい。
それでも最後に披露された郡山賛歌の新曲、「夢を持とう」では観客も一緒になって自由に声を張り上げて、ステージと共鳴したという。

一人で見る夢は夢で終わるけど、みんなで見る夢は必ず実現する


日本のロック・シーンに残されたこのメッセージは、さまざまな人たちに、さまざまな形で継承されていくことになった。



(このコラムは2014年8月10日に公開されたものです)

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