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ヒッピーの心も掴んだアレサ・フランクリンの熱唱

2014.09.30

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アレサ・フランクリンにとって、フィルモア・ウェストでの3日間は新たな挑戦だった。

1960年代後半、コロムビア・レコードからブラック・ミュージックの名門、アトランティック・レコードに移籍したアレサは、敬愛するオーティス・レディングの「Respect」をカバーして全米1位を獲得、聴くものの魂を揺さぶるような力強い歌声で“クイーン・オブ・ソウル”と呼ばれるようになる。
アレサのバージョンを聴いたオーティスも、「この曲はもう彼女のものだ」とアレサの歌を高く評価した。

アレサの歌は全米の黒人たちの心を掴んだ、そう言っても過言ではなかった。
だが、アレサとプロデューサーのジェリー・ウェクスラーはそこで満足せず、さらに多くのファン、つまりは白人のファンも開拓したいと考えていた。

そのための足がかりとしてサンフランシスコにある西海岸を代表するライブハウス、フィルモア・ウェストでのライブを企画する。
フィルモア・ウェストは看板アーティストとしてグレイトフル・デッドやジェファソン・エアプレインを抱え、数多くのロック・バンドを輩出してきたロックの聖地だ。

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アレサが活動拠点としていたニューヨークと違い、当時の西海岸ではブラック・ミュージックが浸透していなかった。
観客のほとんどは白人、しかもその多くがヒッピーというアウェーな空間でアレサのライブを成功させるべく、ウェクスターは様々な対策を講じる。
セットリストにはビートルズの「エリナ・リグビー」やサイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」など、ロック・ファンに馴染みのあるカバーを取り上げた。
バックを務めるバンドも、それまでアレサとともにツアーをしてきたバンドではなく、アトランティックが誇る世界最高のリズム・セクション、キング・カーティス&キングピンズを起用し、オルガンにはビートルズのゲット・バック・セッションに参加したことでも知られるビリー・プレストンを、さらにはアレサの歌に負けないホーン・セクションとして、メンフィス・ホーンズを用意して磐石の布陣を敷いた。

フィルモア・ウェストでの公演は、1971年の3月5日から3夜連続で行われた。

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案の定ほとんどの観客は白人だったが、アレサが登場すると歓声で迎えられた。
1曲目に代表曲でアップテンポな「Respect」を歌うと、客席は一気にヒートアップする。
もしも観客の反応が悪かったら、というのはいらぬ心配だった。アレサの熱唱、そして最高のバックバンドによるグルーヴ感あふれる演奏は、いとも簡単に人種の壁を取り払った。

最終日にはレイ・チャールズが飛び入りするという嬉しいサプライズもあり、フィルモア・ウェストでの3日間は大盛況に終わる。



その模様がライブ・アルバム『Aretha Live at Fillmore West』としてリリースされると、R&Bチャートで1位、全米アルバムチャートでも7位を記録、さらにはシングルカットされた「Bridge over Troubled Water」(明日に架ける橋)で、グラミー賞の最優秀女性R&Bボーカルパフォーマンス賞を獲得する。

7月には再びフィルモア・ウェストでのライブが実現し、アレサの西海岸への挑戦は実を結んだのだった。



アレサ・フランクリン『アレサ・ライヴ・アット・フィルモア・ウェスト』
2013年にリリースされたリマスター盤(ワーナーミュージック・ジャパン)

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