TAP the SCENE

デッドマン〜ニール・ヤングの即興演奏で“特別な域”に達した詩的なロードムービー

2016.05.26

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僕は自己分析する人間でも計算して何かを創るタイプでもない。自分の中から出てきたシンボルがどんな意味を持っているのか分からないし、分かりたくもない。脚本を書く時、僕は意味を考えすぎないようにしている。考えすぎると、そこにある詩が零れ落ちてしまうから。詩の儚さを大切にしたいんだ。


ジム・ジャームッシュの長編第6作にあたる『デッドマン』(DEAD MAN/1995)は、構想から7年の歳月をかけて完成させた傑作だった。ジャームッシュ映画にしては珍しく予算をかけて製作されたそうだが、役者を想定してから脚本作りに入るやり方は変わらなかった。主役のジョニー・デップと、ネイティブ・アメリカン(インディアン)のゲーリー・ファーマーをイメージしながら書いたのだ。ジョニーはジャームッシュの大ファンだったので、ろくに脚本も読まずに出演を決めた。悪いはずがない。

設定した時代との距離感を得るため、そしてウエスタンと言えばお決まりの色調から外れるために、あえてモノクロで撮った。撮影したのは長年のパートナーであるロビー・ミュラー。この作品に漂う詩的な輝きはこの撮影監督によるところが大きいと、ジャームッシュも認めている。

脚本はずっとニール・ヤングとクレイジー・ホースを聴きながら書いた。撮影に入ってからも移動している時もひたすら聴き続けた。ニールに音楽を頼むことになり、倉庫を改造したスタジオのあらゆる方向にスクリーンを設置した。

ニールは撮られたラフ映像に囲まられながら即興でほとんどエレキギターだけで演奏を行った。まるで『死刑台のエレベーター』のマイルス・デイヴィスや『パリ、テキサス』のライ・クーダーのように。その甲斐あって『デッドマン』はストーリーと音楽が絡み合う“特別な域”に達することに成功した。ニールは帰り際、「気に入ったところを使えばいいよ」と言い残してその場を去って行ったという。

『荒野の用心棒』と同じ、汽車に揺られるシーンから始まるこの物語は、迫り来る死の中で新たな生を予感する旅路を描いたロードムービー。イギリスの詩人/画家のウィリアム・ブレイクと同じ名前を持つ一人の若者が、さすらいのネイティブ・アメリカンとの出逢いをきっかけに、19世紀後半のアメリカ西部フロンティアの果てを行く。

1870年頃。東部から西部の田舎町に仕事を求めてやってきた会計士のウィリアム・ブレイク(ジョニー・デップ)は、雇われるはずだった会社の社長ディッキンソン(ロバート・ミッチャム)から銃を向けられ追い払われてしまう。文無しで失意の中、ブレイクは酒場でバラ売りの女と恋に落ちる。だが女には男がいて、嫉妬に狂った男の銃弾に女は倒れ、ブレイクは思わず男に発砲した。馬に乗って町を抜け出したブレイクの血だらけの胸にも弾はのめり込んでいた。

しかし、死んだ男は町の実力者でもあるディッキンソンの息子であったことから事態は急変。賞金稼ぎの殺し屋たちを呼び集め、生死を限らずブレイクを捕らえることを命じる。殺し屋の中で一番の腕利きはウィルソン(ランス・ヘンリクソン)だった。ブレイクは追われる身のアウトローになったのだ。

その頃、西部の深い森の中では、ノーボディ(誰でもない)という名のネイティブ・アメリカンの(ゲーリー・ファーマー)が瀕死のブレイクを助けていた。これを機に二人には友情が芽生えて移動の旅が始まるのだが、ウィルソンの狂気の追跡が近づいていた……。

息絶えた仔鹿に寄り添って身を横たえるシーンや、クライマックスの小舟で大海原へ誘われていくシーンが印象的で美しい。なお、映画にはイギー・ポップも出演して話題になった。

クールな予告編


ニール・ヤング演奏のテーマ曲

『デッドマン』

『デッドマン』


*日本公開時チラシ
134357_1
*参考・引用/『デッドマン』パンフレット

*このコラムは2016年2月24日に初回公開されました。

評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
名作映画の“あの場面”で流れる“あの曲”を発掘する『TAP the SCENE』のバックナンバーはこちらから

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