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8 Mile〜マイクを一度握ったら“裁かれる世界”を舞台にしたエミネム主演作

2023.11.04

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『8 Mile』(2002)


かつてデトロイトは、フォードやゼネラル・モーターズやクライスラーといった自動車産業の本拠地が置かれて栄華を極めていたが、1960年代に入ると人種間の摩擦が起こって暴動沙汰が発生。裕福な白人層は郊外へ逃れ、街の中心部は次第に荒廃化。80年代には産業自体が衰退して失業率や貧困率も上昇。ソウル・ミュージックを牽引したモータウン誕生の地はいつしか荒れ果てた姿に変わり、治安の悪化も問題化していく。

8マイルはデトロイトの境界線だ。俺が育った頃は人種の境界線でもあった。黒人と白人を分離する明確なラインだ。


エミネム自身が言うように、“8マイル”とはアメリカのミシガン州デトロイトに実在するストリートの名前。南側に位置するデトロイト・シティは住民の大半を黒人が占める街で、北側のウォレンは同様に白人が占める街になっていた。ヒップホップに生きる者にとってはシティは本物。郊外は偽物に過ぎない。

1972年10月生まれのエミネムは、父親のいない家庭で育ち、幼年期は生活保護を受ける母親と数ヶ月ごとにカンザス・シティとデトロイトを行き来する生活を繰り返す。転校のために友達もできず、イジメも受けるようになった。そんな14歳の時に転機が訪れる。ヒップホップに目覚めて本格的にラップを始めたのだ。

その後、レストランなどで働きながら、クラブでラップバトルに挑んだ日々をエミネムはこう回想している。

バトルに負けた時は、もう自分の持ってる世界が粉々に砕けていくっていう感じだった。「そんなの大したことない」「また挑戦すればいいだろう」って言われるけど、あの時は人生おしまいだって気がしたよ。バトルは全人生を賭けたスポーツみたいなものだ。馬鹿げているように見えるかもしれないけど、俺たちにとってはこれこそが自分の世界なんだから。


95年には娘の父親にもなり、翌年に地元レーベルからアルバムをリリースするも注目されず。デトロイトの暮らしから抜け出すことを夢見ながら苛立ちが募っていた頃、98年にリリースした自主制作テープ「ザ・スリム・シェイディ EP」(The Slim Shady EP)」がローカルヒット。ドクター・ドレーのレーベル、アフターマスとの契約を勝ち取る。

99年、27歳の時にメジャー・デビューアルバム『ザ・スリム・シェイディ LP』(The Slim Shady LP)をリリース。全米2位を記録して世界で1800万枚上を売り上げ、過激なリリックや数々のスキャンダルも話題になって一躍スターとなる。黒人主導のカルチャーに白人、つまりは50年代のエルヴィスのように。

世紀末といえば、ブリトニー・スピアーズやバックストリート・ボーイズらのティーンアイドルが台頭していた時代。リアルな彼の存在は眩しいくらい輝いていた。エミネムはその後「ゼロ年代最大のカリスマ」「21世紀最初のスーパースター」としてメガヒット作を連発していく。(詳しくはコラム「エミネム〜魂と引き換えに獲得した栄光」をご覧ください)

『8 Mile』(2002)は、エミネムが主演した半自伝的映画。と言っても先に脚本があり、アーティストがそこに入った。だが1995年が舞台になっているので、まさにエミネムがクラブでラップバトルに人生を賭けていた頃とシンクロする。

B・ラビットことジミー・スミスJr.(エミネム)は、デトロイトのプレス工場で働きながら、母親(キム・ベイシンガー)と幼い妹とトレーラーハウス暮らし。“白人のゴミ”と馬鹿にされつつ、バスの中や家の中や仕事場で、暇さえあればフリースタイルのためのリリックを書き連ねている。言葉が拳であり、即興で吐き出して相手の弱点を狙い撃つクラブでのバトルは、まるでボクシングのリングのようだ。そこはマイクを一度握ったら裁かれる世界。

やがてモデルを夢見る女の子との出逢い、そして対立するグループとの確執、仲間の裏切りなどを経て、ジミーの“自分との闘い”の時がやって来る……。

エミネムは撮影の合間、ペンを片手にずっと曲を書いていたそうだ。主題歌「ルーズ・ユアセルフ」 (Lose Yourself)には、ジミーもしくはエミネムからの熱いメッセージが込められた名曲。

誰の心の中にも“8マイル”は存在する。越える越えないは自分次第だ。

【エミネムのディスコグラフィー】
1996/Infinite *デトロイト時代。1000枚しか売れなかった
1999/The Slim Shady LP *全米2位、世界1800万枚
2000/The Marshall Mathers LP *全米1位、世界3400万枚
2002/The Eminem Show *全米1位、世界3000万枚
2002/8 Mile *全米1位、映画のサントラ、世界1100万万枚
2004/Encore *全米1位、世界2300万枚
2005/Curtain Call *全米1位、ベスト盤、世界1300万枚
2009/Relapse *全米1位、世界750万枚
2010/Recovery *全米1位、世界1600万枚
2013/The Marshall Mathers LP 2 *全米1位、世界1000万枚
2017/Revival *全米1位
2018/Kamikaze *全米1位
2020/Music to Be Murdered By *全米1位
2022/Curtain Call 2 *全米6位、ベスト盤

予告編


主題歌「Lose Yourself」

『8 Mile』

『8 Mile』






*日本公開時チラシ

*参考・引用/『8 Mile』DVD特典映像、パンフレット
*このコラムは2018年2月に公開されたものを更新しました。

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評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
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