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〈吐きすて〉の歌の系譜=② 吉田拓郎「まにあうかもしれない」~ 岡本おさみが書いた吐きすてのタンカ

2016.09.17

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岡本おさみが言うところの〈吐きすて〉の歌の元祖を海外に求めれば、真っ先に名前が挙がるのはボブ・ディランであり、ビートルズのジョン・レノンやローリング・ストーンズのミック・ジャガーなどが続く。

そしてボブ・ディランやジョン・レノンから強く影響を受けた日本のシンガーと言えば、まずは吉田拓郎が筆頭に挙げられる。

自分のなかから生じる表現への衝動を優先して歌ができるとき、とくにシンガー・ソングライター場合にはキャリアの初期の頃に、印象に残る〈吐きすて〉の歌が誕生することがある。
高校時代にビートルズのような音楽を目指していた吉田拓郎の才能が、ボブ・ディランの音楽に出会ったことで〈吐きすて〉の歌が生まれたのかもしれない。

吉田拓郎はデビュー当時から”和製ボブ・ディラン”と呼ばれたりもしたが、吐きすてるかのようなニュアンスだけでなく、字余りの歌詞をなんなく歌いこなせる歌唱法、それを支える歌唱力は相通じるものがあった。

そもそも〈吐きすて〉の歌という言葉は、吉田拓郎とのコンビで数多くの歌を書いた作詞家、岡本おさみが使い始めたものだ。

ラジオの番組の構成作家だった岡本おさみは、日本のフォークシーンが活発になった時期に番組を通して、泉谷しげるや吉田拓郎と出会って作詞の仕事をするようになった。

岡本おさみは当時の気持ちをこう記している。

むしょうにことばを吐きたかった。
ぼくはノートにことばを吐くと、うたらしい型にととのえて拓郎に渡した。
それは電話であったり郵送であったりした。
どんな型がうたであるのか、それはくどくど考えなかった。
ぼくのことばは表面明るいものでも、その底のところは吐きすてのタンカだった。


初期の吉田拓郎や泉谷しげるの歌い方は、若さゆえのテレくささを隠すように、どこかぶっきらぼうだったし、〈吐きすて〉のタンカといった勢いがあった。



「まにあうかもしれない」
作詞︰岡本おさみ 作曲:吉田拓郎

僕は僕なりに自由に振るまってきたし
僕なりに生きてきたんだと思う
だけど だけど理由もなく
めいった気分になるのはなぜだろう

思ってる事とやってる事の
違う事へのいらだちだったのか
だから僕は自由さをとりもどそうと
自分を軽蔑して 自分を追いこんで

なんだか自由になったように
意気がっていたのかも知れないんだ
まにあうかもしれない 今なら
今の自分を捨てるのは 今なんだ


岡本おさみがことばを吐いて吉田拓郎が作曲して歌う、そこからいくつもの名曲が生まれてきた。
ふたりの組み合わせがある時期、ある時代にシンガーとソングライターとしては理想的だったのだろう。

ところで取り上げた動画のなかで、吉田拓郎は自分の歌詞を実は一曲も完全には覚えていないと話していた。
それにもきちんとした理由があるにちがいなく、歌詞の文字を見ながら歌うことで、その時その瞬間の自分に素直になれるのだろう。
歌が生まれたときの初期衝動を感じて、自分を心を素直に歌に表すことができる。

美空ひばりが「悲しい酒」でいつも同じ歌詞のところでほんとうに涙を流す、どこでもどんな条件でも同じように完璧に歌える、それが芸能界といわれる世界では一流のプロの歌手だとされていた。
しかしそうではなく、いつも新鮮に歌える方法を選んだのが吉田拓郎だった。

だから歌詞の面でも七五調という日本語の定型にしばられず、のびのびと自由に歌えるということを証明したのだ。
そうした楽曲を作ってヒットさせたことも含めてその功績は大きく、日本語のロックを確立したはっぴいえんどと同じくらいに、後世に大きな影響を与えている。


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