特集 高田渡──没後10年経ってもなお、鮮烈に響くメッセージ

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フォークシンガー、高田渡がこの世を去って10年の月日が経つ。この10年で世の中は大きく動いたけれど、高田渡の歌は今も普遍的に響くどころか、より一層と強いメッセージを放っているように思えるのはなぜだろう。

少年時代からフォークソングに憧れを抱き、19歳でデビューを果たした高田渡。明治の演歌や現代詩から影響を受けた独自の表現を模索しながら全国各地を巡り、市井の人々の静かなる叫びや、かけがえのない暮らしの大切さを歌い続けてきた。56歳という若さで亡くなった後も、息子である高田漣をはじめ、若い世代のミュージシャンたちの多くが、今も彼のメッセージを受け継いでいる──TAP the POPでは、これまでに掲載した記事の中から高田渡について取り上げた記事を抜粋。彼の魅力にあらためて触れる特集をお届けします。

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TAP the DAY

高田渡が灰田勝彦から教わった歌の秘訣、「江利チエミ、美空ひばりなんか‥‥」

大好きなフォーク・シンガーのピート・シーガーを目標に、シンガー・ソングライターになる決意を固めた高田渡が、「日本人として、日本語の表現を突き進む」と日記に書いた…

TAP the LIVE

全日本フォークジャンボリーのステージで「銭がなけりゃ」を歌った高田渡

日本初の野外フェスティバルとして語り継がれる全日本フォークジャンボリー(通称:中津川フォークジャンボリー)が開催されたのは、1969年の8月9日のことだった。 …

TAP the SONG

「お願いだ聞いておくれ」と高田渡が訴えた、鉱夫たちの“声なき叫び”

「鉱夫の祈り」を聞いたのは1972年の夏だったか、あるいは73年だったのか、いずれにしてもアルバム『系図』が出てから、そんなに時間が経っていない頃のことだった。…

TAP the SONG

自衛隊への勧誘キャンペーン・ソングと誤解された高田渡の反戦歌「自衛隊に入ろう」

1968年8月9日〜11日、京都の山崎にある「宝積寺」では3日間に渡って「第3回関西フォーク・キャンプ」が開かれ、約300名の参加者が集まった。 出演したのは高…

TAP the SONG

エノケンから高田渡や大瀧詠一、高田漣にまで受け継がれている「私の青空」

「My Blue Heaven(私の青空)」はアメリカでも有名なスタンダードで、グレン・ミラー楽団、コールマン・ホーキンス、ファッツ・ドミノ、ビング・クロスビー…

Extra便

高田渡の『イキテル・ソング』──トリビュート企画を手がけた、高田漣インタビュー 前編

フォークシンガー、高田渡がこの世を去って10年以上の月日が経った。この間に、世の中は大きく動いたが、高田渡の歌は今も普遍的に響くどころか、より一層と強いメッセー…

Extra便

高田渡の『イキテル・ソング』──父の歌をうたうことへの想い 高田漣インタビュー 後編

高田渡の没後10年を機に、あらためて彼の魅力に触れるトリビュート特集。マルチ弦楽器奏者として活躍する高田漣のロング・インタビュー後編は、彼が初めてギターを持った…

Extra便

高田渡が“酒仙歌手”になったのは、井上陽水のすまき事件がきっかけだった?──トリビュート・ライブ“Just Folks”

井上陽水が高田渡を布団ですまきにしたことがある、そんな話が2005年4月29日のスポーツ新聞の記事に出ていた。 心不全のため16日に亡くなったフォーク歌手、高田…

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