「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

Extra便

追悼・ジェフ・エメリック~ビートルズが求めていたサウンドを作ったのは19歳のエンジニアだった

ビートルズの最初のアルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』から『ラバー・ソウル』までを手がけてきたのは、英国EMIの技術部門に勤務するエンジニアのノーマン・スミスだ…

Extra便

ビートルズの原点となったデビュー曲「ラヴ・ミー・ドゥ」から始まった輝かしい歴史

ビートルズのメンバーたちはみんな、第二次世界大戦の戦火の下で生まれ育っている。 ジョン・レノンとリンゴ・スターが1940年、ポール・マッカートニーが1942年、…

ミュージックソムリエ

新人アーティストと間違えられた、ポール・マッカートニー 〜衰えぬ音楽の探究心が生んだカニエ・ウエストとのコラボレーション〜

ビートルズとしてデビューして以降、50年以上ポップ・ミュージックの世界で活躍し続けているポール・マッカートニー。 時代に応じて新しい音楽を追求してきた彼は、20…

Extra便

テレビ出演で猟犬に向かって「ハウンド・ドッグ」を歌わせられたエルヴィスの屈辱

1950年代半ばのアメリカでは一般家庭にテレビの普及が進んでいたので、エルヴィスのマネージメントを手がけるパーカー大佐は、新しいメディアの影響力を最大限に利用し…

Extra便

「カムバック・スペシャル」で完全復活を果たすまで②~エルヴィスを支えていた思いとは?

自分をとりまくビジネスにしか関心がなかったパーカー大佐は、短期間に完成する低予算の作品にしか興味を示さず、どんなに良質な映画だろうと持ち込まれても見向きもしなか…

TAP the DAY

9月4日に行われたビートルズのレコーディングで用意されたデビュー曲を「クズだと思う」と言ったジョン・レノン

リヴァプールでブライアン・エプスタインが経営するレコードショップのNEMS2号店に、ビートルズの「マイ・ボニー」がほしいという10代の若者がやって来たのは196…

Extra便

不滅のプロテスト・ソングとしてチェコで歌われていたビートルズの「ヘイ・ジュード」

チェコスロヴァキアでは1968年の初頭から共産党第一書記のアレクサンデル・ドプチェクの指導の下で、知識人や学生を中心に民主化運動が展開された。 3月に検閲制度を…

Extra便

時代を超えた1000万枚以上ベストセラーアルバムの変遷(アメリカ編)

CDやアルバムが売れなくなったと言われて久しい。アメリカでは1999年からCDの売り上げは下降線を辿っているし、日本でも音楽CDとしてのミリオンセラーを望むのは…

TAP the STORY

ハリー・ニルソン27歳〜類い稀な才能と歌声、TVドラマへの出演

「ハリー・ニルソンはオレの親友だった。」 (リンゴ・スター) 「彼は柔らかで滑らかな美しい声の持ち主でした。言葉の使い方もとてもユニークで独創的でした。」 (オ…

TAP the NEWS

ジミヘンがナポレオンジャケット(軍服)を身にまとうようになった理由

1960年代…ビートルズ、ストーンズを始め、英国のロックミュージシャンたちの多くが身に纏っていたミリタリーファッション。 例えばビートルズが『Sgt. Pepp…

TAP the STORY

コートニー・ラヴ27歳〜運命の愛、宿命の死

If you live through this with me, I swear that I will die for you And if you liv…

TAP the STORY

エルヴィス・プレスリー27歳~決定的なものが失われたことによってなしくずしに始まった雲上人伝説

エルヴィス・プレスリーは陸軍に徴兵された1958年3月24日から2年間、実質的に音楽活動が出来ない期間を過ごしている。 そして除隊した後は以前の生活に戻ることが…

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