1976年の8月25日、ピンク・レディーが「ペッパー警部」でデビューした。斬新な歌詞と覚えやすいメロディー、セクシーな衣裳と大胆な振り付けで、1970年代後半の歌謡界を席巻した彼女たちの足跡をあらためてご紹介します。
ミー(根本美鶴代)とケイ(増田啓子)は静岡市の中学校で出会い、共に歌手をめざしてヤマハの音楽教室に通っていた。2人が見いだされたのは、テレビ番組『スター誕生』がきっかけだった。いわゆる視聴者参加型のオーディション番組だ。
録画などのない時代、日曜日の午前中という放送時間で、20%近い視聴率があったというから驚く。同番組からは、山口百恵、森昌子、桜田淳子といった時代を象徴するようなアイドルや、岩崎宏美、新沼謙治などの実力派歌手も誕生していた。
ミーとケイたちが出演したのは1975(昭和50)年。おそろいの衣装(オーバーオール姿)でフォークソング風の曲を歌って登場した。その時、審査員席に座っていたのが、作曲家の都倉俊一と作詞家の阿久悠だった。都倉は当時のことをこう語る。
「あの番組に出演したときの2人はフォークデュオで、静岡からやってきた普通の高校生といった感じでした。ハーモニーもぴったり合ってるし、動きも様になっている。あまりケチのつけようがないけれど、どこかまとまり過ぎていて面白味に欠けているというのが率直な感想でした。確か審査のときも“すっかり出来上がっている感じだね”と批評したのを憶えています」
彼女たちは決勝大会に残ったが、トップにはなれなかった。しかし、ビクター音楽産業からレコードデビューの権利を獲得した。番組出演の時から目を付けて、契約をプッシュしたのがディレクターの飯田久彦だった。飯田はデビュー曲を都倉と阿久に依頼した。ところが都倉自身は新しい可能性を感じているわけでもなく、阿久も乗り気ではなかったという。
「それでどうしよう?ということになって、とりあえず2人でアイディアを出し合いました。山本リンダ以来、先にテーマとタイトルを決めて、そのイメージで僕が曲を書いてから、阿久さんが歌詞を当てはめるというのが、2人のスタイルになっていたので、どんな路線でいくかまず話し合ったんです」
ビクターの意向は、無難にフォーク路線でデビューさせることだった。都倉と阿久は、それを“つまらない”とした。かといって当時全盛期だったキャンディーズのようなアイドル路線も新鮮味がない。そこで「今までのアイドルが歌わなかったようなアップテンポでインパクトの強い曲にしたい」ということで話はまとまった。こうして阿久から出されたタイトル候補のリストを見て、都倉がひと目で気に入ったのが「ペッパー警部」だった。
「このタイトルだ!と、ピンときました。阿久さんも気に入っていたらしくアンダーラインが引いてありました。ペッパー警部が何者なのか?どうしてペッパー警部なのか?あとでよく人に聞かれましたが、それは私も阿久さんに聞いたことがないんですよ(笑)」
当時、ドクターペッパーという飲み物が流行っていた。アメリカの映画『ピンクパンサー』に登場するクルーゾー警部が人気だった。ビートルズのアルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』もあった。とにかく語感が良かった。“ピンク・レディー”という名前を考えたのは都倉だった。
「最初は彼女たちが静岡出身ということで、“みかん箱”なんていう名前もあがったりしてね(笑)。結局カクテルの名前からヒントを得て、“ピンク・レディー”と名付けました。2人は性格も声質もまったく違うけれど、カクテルのように溶け合って独得の雰囲気を作り出す。そんなイメージから思いついたものでした」
それまでの“田舎っぽい”イメージを一新させた彼女たちは、手足を大胆に露出した衣装(デザイナーは野口庸子)を着て、歌いながら斬新な振付けを披露し、登場するやいなや大きな注目を集めるる。
遊び心のある歌詞にノリのいいリズムとメロディー。都倉と阿久が手掛けた人気歌手・山本リンダと同様、テレビにはうってつけだったピンク・レディーの人気は、大人や若者だけでなく、次第に子供たちも巻き込んで加熱していく。
デビュー曲の「ペッパー警部」に続いて、「S・O・S」「カルメン’77」も60万枚を越すヒットを記録。さらに1977年から78年にかけ「渚のシンドバッド」「ウォンテッド」「UFO」「サウスポー」「モンスター」が立て続けに100万枚を越えるという快挙を達成し、ピンク・レディーは日本歌謡界に大きな足跡を残すこととなる。
ちなみにデビュー曲「ペッパー警部」のB面には、キャンディーズと近い路線の「乾杯!お嬢さん」という曲が収録されている。当初、「乾杯!お嬢さん」の方がA面になりそうだったのを、阿久悠らが必死で食い止めて「ペッパー警部」に決まったという経緯がある。
歴史にタラレバは無意味だが、これが逆だったらピンク・レディーの運命も大きく違っていただろう。
<引用元・参考文献『うたのチカラ JASRACリアルカウントと日本の音楽の未来』(集英社)>
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『うたのチカラ JASRACリアルカウントと日本の音楽の未来』
日本の歌と歴史を時代別/テーマ別に綴った書籍。TAP the POPのメンバーも執筆。「流行都市TOKYOに鳴り響いたバブル80’sというパーティ」「コギャルの時代に奏でられたティーンエイジ・シンフォニー」などを収録。1982〜2013年の音楽利用ランキングデータは資料性が高い。



