「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

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何日君再来~当局から禁止されても、取り締まられても、拡がり続けたテレサの歌声

歌ってはいけない、放送してはならないと禁じられる歌がある。 書いてはならない、描いてはならないと禁じられる表現がある。 2001年にアメリカで起きた同時多発テロ…

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「東京ドドンパ娘」~大阪のクラブで生まれたラテン・リズムが東京から大ヒット

かつてビクターにこの人ありと言われた名物ディレクター・磯部健男は、雪村いづみや浜村美智子、松尾和子、フランク永井、森進一、青江三奈を世に出した人物である。 19…

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忌野清志郎が歌ってスタンダードになった日本語詞の「デイドリーム・ビリーバー」

1964年の初めからビートルズが全米を制覇して空前のブームを巻き起こしたことに対抗して、アメリカのエンターテインメント業界が用意したのがモンキーズだった。 ビー…

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国分寺三中の先輩・忌野清志郎と後輩・ハナレグミのデュエット~「サヨナラCOLOR」

めったにはないことだが、レコーディング中にOKテイクが録れた瞬間、いずれはスタンダード・ソングになると予感させる歌がある。 2001年に出たスーパー・バター・ド…

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エルヴィス・プレスリーの「ラヴ・ミー・テンダー」と忌野清志郎によるカヴァ―

エルヴィス・プレスリーの初主演映画は南北戦争を舞台にした西部劇、「The Reno Brothers(原題・リノ兄弟)」のために作られた「ラヴ・ミー・テンダー(…

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RCサクセションの「トランジスタ・ラジオ」から聴こえてきたホットなメッセージ

1964年の春に中学生になったぼくの小遣いは、4月から500円にまで引き上げられた。 これで月に一枚はシングル盤を買えるようになったが、言いかえれば月に一枚だけ…

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忌野清志郎「自分の感じたことを、そのまま形にしたいから、一つの詩を、ああでもない、こうでもないと、何日も考えてる」

「ダーリン・ミシン」という不思議なタイトルの歌を書いたのは忌野清志郎だ。 まだ貧しくて無名の恋人同士、「君」と「僕」が部屋で過ごしているシチュエーション。 贈り…

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RCサクセション「九月になったのに」~歌や音楽でしか伝えられないボロボロの天使たちの叫び

ラジオから流れた歌を聴いてRCサクセションの大ファンになった竹中直人が、熱心にライブへ足を運ぶようになったのは中学3年生の頃だった。 RCサクセションはヤマハの…

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井上陽水と忌野清志郎によるソングライティングで誕生したニューミュージックの傑作「帰れない二人」

井上陽水の「帰れない二人」が発売されたのは1973年9月21日、シングル盤「心もよう」のB面としてであった。 そしてアナログ・レコードの時代の日本において、最初…

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デビュー・シングルで「宝くじは買わない」と唄ったのに、買っている姿を加奈崎芳太郎に見られた忌野清志郎

RCサクセションは1972年に「ぼくの好きな先生」が少しヒットしただけで、それ以降はまったく売れない時期が数年間も続いて不遇だった。 しかし、1977年に生涯の…

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寺山修司が世に出した”ふたりのマキ”①浅川マキの世界「かもめ」

浅川マキが2010年に突然のように亡くなった後、音楽プロデューサーの寺本幸司はCDのライナーノーツでこう述べている。 蠍(さそり)座で、寺山修司構成演出で、浅川…

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越路吹雪、美輪明宏、大竹しのぶ、それぞれが定番にしたエディット・ピアフの「愛の讃歌」

シャンソンの名曲として世界中で親しまれている「愛の讃歌」は、越路吹雪の歌によって日本でも1950年代前半から60年代にかけて、広く親しまれて浸透していった。 と…

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