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TAP the POP

夢で逢えたら

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大瀧詠一の「夢で逢えたら」が日本有数のスタンダード・ナンバーに至るまでの道のり

数多くのヒット曲を残した大瀧詠一の作品の中でも、広くカバーされてスタンダードになったという意味では、「夢で逢えたら」が代表曲に挙げられる。 この歌が誕生したのは…

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「過去、一度たりとて音楽を制作する側がヒットを作ったことなんてないんだ」~大瀧詠一

”歌謡曲の生みの親”と目されている作曲家の中山晋平と、”最高のポップス職人”を目指して生涯を全うした大瀧詠一が、実は同じ命日だったということに最近気がついた。 …

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あの感傷的で美しいスタンダート・ソング‥‥「ビギン・ザ・ビギン」

1935年。ミュージカルの楽曲を書き下ろしていたアメリカのソングライター、コ-ル・ポーターは、当時パリで流行していたダンスのビギン=beguineと、英語のビギ…

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中森明菜によって新たな生命を吹き込まれた加藤登紀子の「難破船」

「難破船」は加藤登紀子が1984年12月1日にリリースしたアルバム『最後のダンスパーティー』の収録曲で、発表当時はアナログ盤のA面2曲目であった。 40歳を迎え…

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「拘置所のトイレをあけるとねずみが顔を出し楽しい」と書かれていた手紙から生まれた「ひとり寝の子守唄」

東京大学に在学中だった1965年に、第2回日本アマチュアシャンソンコンクールに優勝し、翌年に「誰も誰も知らない」で歌手デビューした加藤登紀子。セカンド・シングル…

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林美雄に発見された映画『八月の濡れた砂』と主題歌を歌ってデビューした石川セリ

究極の音楽映画ともいえる『八月の濡れた砂』。しかし、リアルタイムで公開された1971年の8月にはまったくといっていいくらい、劇場に観客が足を運んでくれなかったの…

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完璧な映画を目指したチャップリンによって生まれた「スマイル」

新型コロナウイルス感染症の問題が世の中に深刻な影を落とし始めて間もない2020年の春、サックス奏者の渡辺貞夫が、自宅で撮影・録音したパフォーマンスを公開した。 …

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世界のミフネと呼ばれた男~三船敏郎という映画スターの誕生を彩った歌「ジャングル・ブギー」

戦時中に軍の報道佐官待遇として中国に渡った作曲家の服部良一は、終戦を上海で迎えてしばらく留め置かれたが、1945年12月になって生きて帰国することができた。 そ…

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なかにし礼が作詞家になった出世作~菅原洋一「知りたくないの」

立教大学の学生だった中西禮三(後の なかにし礼)はシャンソン喫茶でアルバイトするようになり、美輪明宏がホームグラウンドにしていたことで知られるシャンソン喫茶「銀…

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山下達郎という職人の仕事から生まれた曲、「クリスマス・イブ」

妥協しない本物の職人の仕事は、積み重ねられていく日常のなかで使われることに価値がある。卓越した技と美を具現化した作品は、後世になって発見されることで、一気に評価…

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中島みゆき「時代」③~亡くなった父の言葉が聴こえてくる「荒野より」と「もう一人の私」

1974年の春に札幌藤女子大を卒業した中島みゆきは、帯広の実家に帰って、父と母が営んでいた産婦人科医院を手伝うようになった。 そして1年後、第9回ヤマハポピュラ…

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中島みゆき「時代」②~ヤマハ音楽振興会の創始者だった恩人に捧げる言葉「DAD 川上源一」

第6回世界歌謡祭の舞台でグランプリを受賞して「時代」を歌う際に、中島みゆきはオーケストラの伴奏を制して自分のギター一本でうたった。 そこには自分を発掘してくれた…

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