「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

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青山ミチの「叱らないで」から生れた藤圭子のデビュー曲「新宿の女」

青山ミチという歌手がいた。 アメリカの影を背負った生まれで、才能はあったが不器用で、行動が危なっかしい少女歌手だった。 わずか13歳で和製ポップスでデビューした…

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追悼・青山ミチ~「亜麻色の髪の乙女」としてよみがえった「風吹く丘で」

2017年2月8日の朝、音楽評論家で作詞家でもある湯川れい子さんが、自身のツイッターでこうつぶやいた。 今から青山葬儀場で、石坂敬一さんのお別れ会です。そこに今…

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19歳の山口百恵が「私自身に近いところで歌が呼吸していた」と書いた「プレイバックPartⅡ」

山口百恵が所属するホリプロダクションの傘下にある音楽制作会社、東京音楽出版の原盤制作ディレクターとして、モップスや井上陽水を手がけていた川瀬泰雄が新たにスタッフ…

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引退する山口百恵に提供された「Crazy Love」と、井上陽水がカヴァーしたポール・アンカの「クレイジーラブ」

山口百恵は人気絶頂だった1979年に自分の強い意志で引退を決意すると、芸能界には一切の未練を残さず、市井の生活者として静かに生きていく道を選んだ。 1980年1…

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「ちっぽけな感傷」から見えてきた山口百恵がロックを受けとめる能力

1974年に「ひと夏の経験」が発表されると、過激な歌詞に対するマスメディアからの批判がふたたび激しさを増した。 しかし15歳になった山口百恵はキワモノだと見下さ…

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歌手としての人生が変わっていくきっかけになった山口百恵と「涙のシークレットラヴ」の出会い

1976年の夏に大ヒットした山口百恵の「横須賀ストーリー」は、もともとは、4月に出す予定のアルバム『17才のテーマ』のために作られた楽曲だという。 しかし素晴ら…

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16歳にしてひとつの到達点にまで至った山口百恵のバラード「冬の色」

1974年の夏に「ひと夏の経験」が大ヒットしてからの山口百恵は、歌手としてだけではなく芸能活動全般において、あきらかに勢いがついてきた。 9月に新曲の「ちっぽけ…

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寺山修司が世に出した”ふたりのマキ”①浅川マキの世界「かもめ」

浅川マキが2010年に突然のように亡くなった後、音楽プロデューサーの寺本幸司はCDのライナーノーツでこう述べている。 蠍(さそり)座で、寺山修司構成演出で、浅川…

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フォスターが書いたアメリカに伝わる究極の哀歌が21世紀になって歌われ始めたのは何故か?

ここ最近になって世界でも日本でも、さまざまなシンガーによって歌われているのが、「ハード・タイムス(Hard Times Comes Again No More)…

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歌でつながっているアメリカ合衆国で唄いつがれるスティーブン・フォスターの「故郷の人々」

アメリカ合衆国は、歌でつながっている国だと言ってもいい。 市や町や地域のコミュニティを構成する人々は多種多様だ。 それぞれのコミュニティにとってのアメリカがあり…

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伝説のロック番組『ヤング・ミュージック・ショー』に残されたデヴィッド・ボウイの「ヒーローズ」

デヴィッド・ボウイの来日コンサートが1978年12月12日、東京の渋谷区神南にあるNHKホールで行われた。 その日は12月6日の大阪厚生年金会館から始まった日本…

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浅川マキに発見されて歌い継がれてきた日本語のブルーズ、南正人「あたしのブギウギ」

1975年の日本の音楽シーンでは、ユーミンこと松任谷(荒井)由実がシングルの「ルージュの伝言」を2月20日に発表した。 それを契機にマスコミで次第に「ニューミュ…

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