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松永 希──美しく澄んだ歌声に滲む、様々な感情。注目の歌い手が作り上げた、心が波立つ名盤

2019.06.26

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声を聞きたいな 声を聞きたいな

耳もとで囁いたり 遠くから呼びかけたり
歌ったりつぶやいたり すずやかであまやかで
かすれたりうらがえったり 大事なとこでかんだり
ほほえみのまざった あの声を聞きたいな
(「声」より)


 美しく澄んだ声に、深遠な哀しみが滲む。しかし、その奥には女性のたおやかな強さと、生きる希望を感じさせる──今年3月に初のソロ・アルバム『声』をリリースした、シンガー・ソングライター松永希。彼女の歌声との出会いは、今年一番の「発見」だった。

 1996年にリングリンクスのヴォーカリストとしてキャリアをスタート。小笠原古謡を取り上げるなど独自な表現を繰り広げたそのバンドで一緒だったのが、後に彼女の夫となるベーシストの松永孝義だ(MUTE BEAT、Lonesome Strings 他)。バンド解散後は、松永孝義のアルバム『The Main Man』への参加や、スラックキーギター奏者の山内雄喜がプロデュースするアロハ・シスターズのメンバーとして作品も発表してきた。

 2007年からは、本格的にソロ・シンガーとして始動(当時は宮武希名義)。松永孝義に加えて、ギタリストの今井忍、鍵盤奏者のロケット・マツら気心知れた音楽家がバックを支え、ライブを中心にマイペースに活動を続けていた。そんな矢先、夫である松永孝義にガンが見つかる。以降、彼女はシンガーとしての活動を休止し、夫の音楽活動のサポートと看病に徹した。一旦完治したものの、がんが再発。闘病の末、2012年に松永孝義はこの世を去った。

 それから1年以上、彼女は何もする気が起きなかったという。そんなある日、旧友であるシンガー・ソングライターの原マスミから、一通の封筒が届く。そこには「声」と題した楽曲の譜面と音楽が入っていた。

 〈声を聞きたいな 今あなたの声を〉とリフレインしながら、日々の生活の中でふと思い出す大切な人とのさまざまな記憶、そこに横たわる大きな喪失感。まるで自分の心が憑依させたような言葉が綴られるこの曲を、当初はとてもじゃないか歌えなかったのだそう。それでもあえてこの曲を作って贈ってくれた友人の想いに応えるように、そして歌うことで何かが見えてくるかもしれないというかすかな希望を求めて、すがるような気持ちで彼女はこの曲を歌いはじめた。そうして何度も歌い返していくうち、この曲の普遍性や大きな優しさに気づき、彼女自身もだんだんと強くなっていけた。「声」を歌いはじめてしばらく経ってから、以前よりライブ活動を支えてくれていた今井忍とロケット・マツ、そして彼女の三人でこの曲をレコーディングを行い、一発録音で歌い切れたことがひとつの自信となって、アルバム制作を決意。そうして作られたのが、松永希のファースト・ソロ・アルバム『声』だ。


 プロデュースも担当した今井忍とロケット・マツに加えて、クラリネット奏者のアンドウケンジロウ(カセットコンロス)や、ドラムの楠均(Qujila、KIRINJI)といった個性あふれるミュージシャンたちがレコーディングに参加。自作曲をはじめ、長らくライブで歌い続けてきた大切な楽曲を全10曲収録している。中盤には松永孝義が以前参加していたLOVEJOYのナンバー「君の名を呼ぶとき」のカバーが収録されているが、せつなさに満ちたドラマチックな楽曲の世界に入り込む絶唱は、アルバムの中でもひとつのハイライトといえるだろう。

 作品全体を通底するのは、今はもうここにいなくなってしまった人たちや、過ぎ去っていった時間、失ったものに寄せる深い想い──それは、彼女が紡ぐ言葉が描く詞世界はもちろん、今井忍とロケット・マツを中心としたアンサンブルにも色濃く漂うトーンだ。ピアノとギターのシンプルな演奏で果てしなくやるせない心象風景を描いていく「声」に続き、アルバムはフルバンド編成による「かなたへ」でフィナーレへと向かう。般若心経をテーマにしたこの曲は、生前の夫と活動を共にしていた時に作ったものだという。〈足りないものが 私をそこへ導いてくれる/失くしたものが その輝きを 灯し続けている〉と、かつて彼女自身が書いた詞が、現在のシンガーとしての彼女の背中を押している。音楽とはなんと不思議なものだろう。

 本作に収められたのは、いずれも派手さはないが、心が波立つ歌ばかりだ。彼女の歌声には歩んできた人生の道のりや、触れたり感じてきたすべてのものが刻まれていて、それが楽曲に乱反射しているのだ。歌い重ねていくうちに、それらは輝きを増していくことだろう。歌い手・松永希は、これからも『声』とともに歩んでいく。

あなたはもう 知っているのでしょう
永遠に つながってる 世界を
目にも見えず 声も届かない
けして誰にも 奪われない自由を

(中略)

足りないものが 私をそこへ導いてくれる
失くしたものが その輝きを 灯し続けている
(「かなたへ」より)


松永希『声』

松永希
『声』

(Precious Precious Records)





Live Schedule
夏の日ライブ!

7月12日(金)東京・下北沢 La Cana(W/松竹谷清、今井忍、ロケット・マツ、アンドウケンジロウ)

小笠原文化祭2
7月23日(火)神奈川・元住吉 POWERS2(w/solana(ソラナ)、ヤドカリシザース)

松永希 first solo album『声』レコ発ツアー2019夏!
8月23日(金)岐阜・北方町 啓文社記念館
8月24日(土)大阪・梅田 ムジカジャポニカ
8月25日(日)愛知・今池 open house
メンバー:松永希(vo)exリングリンクス、今井忍(g)fromアーリタイムス・ストリングス・バンド、ロケット・マツ(p)fromパスカルズ、アンドウケンジロウ(cl.sax)fromカセットコンロス

石田長生展 2019 Songs of Ishiyan
9月22日(日)東京・恵比寿 The Garden Hall(w/Char、上田正樹、木村充揮、金子マリ、有山じゅんじ 他)

official website
http://www.matsunaganozomi.com

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