1964年、夏。その日のデトロイトは燃え上がるような暑さに包まれていた。自動車工場はこれまでにない活気のうちにあり、全米で盛り上がりを見せていた公民権運動はこの地にも及んでいた。太陽だけでなく、あらゆるものが熱を帯びていたのである。
マーヴィン・ゲイは、ウィリアム・ミッキー・スティーヴンソンと車で街を流していた。彼らはモータウンのソングライター・チームだった。
街を少しでもクールダウンさせようと思ったのだろう。火災消火用の水道栓が開けられ、まるで噴水のように街に水を撒いていた。その水と戯れて遊ぶ子供たち。
マーヴィンたちには、車の窓越しに見えるその風景が、楽し気にダンスしているように見えた。マーサ&ザ・ヴァンデラスが大ヒットさせることになる「ダンシング・イン・ザ・ストリート」のアイディアが生まれた瞬間である。
後に、キンクス、ミック・ジャガー&デビッド・ボウイ、ヴァン・ヘイレン、フィル・コリンズなど幅広いアーティストにカバーされることになるこの曲。デモ・トラックの歌入れをしたのは、マーヴィン・ゲイである。
「マーヴィンの歌声は本当にスムースで、ジャズっぽかったの」と、マーサ・リーヴスは語っている。
ダンスの歌ということで、マーサがイメージしたのは、彼女が訪れたことのあるリオ・デ・ジャネイロやニューオリンズのカーニバルだった。メロウなジャズっぽいものではなく、熱いダンスだった。
「私が感じたまま、歌っていいかしら?」
マーサはマーヴィンに言った。
「やってごらん」
マーヴィンが言うと、マーサは歌った。
拍手が起こった。ヒット間違いなしだな」という声も上がった。だが、エンジニアのローレンス・ホーンは言った。「スイッチを入れ忘れた」
というわけで、マーサはもう一度、歌うことになった。
「だから、二度目のテイクでは、どこか怒りの感情が入っていたのかも知れないわ」
マーサの何気ない怒りは、全米で盛り上がっていた黒人解放運動の熱に呼応したのかも知れない。この曲は、街で黒人が暴動を起こしかねない、ということで一部のラジオ局が放送禁止にしてしまったのである。

マーサ&ザ・ヴァンデラス「ダンス・パーティ」
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