歌ってはいけない、放送してはならないと禁じられる歌がある。
書いてはならない、描いてはならないと禁じられる表現がある。
2001年にアメリカで起きた同時多発テロ、9.11事件の直後にラジオの放送自粛リストに上がった楽曲は、ジョン・レノンの「イマジン(Imagine)」を筆頭に150曲以上にもなったが、そこには世界的なヒットソングが数多く並んでいた。
●ビートルズ「ア・デイ・イン・ザ・ライフ (A Day In The Life)」「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ(Lucy in the Sky with Diamonds)」「涙の乗車券(Ticket To Ride)」
●ボブ・ディラン「天国への扉(Knockin’ on Heaven’s Door)」「風に吹かれて(Blowin’ in the Wind)」
●ザ・クラッシュ「ロック・ザ・カスバ(Rock the Casbah)」
●ジミ・ヘンドリックス「Hey Joe」
●ルイ・アームストロング「この素晴らしき世界(What a Wonderful World)」
●クイーン「キラー・クイーン(Killer Queen)」
●ローリングストーンズ「ルビー・チューズデー(Ruby Tuesday)」
●サイモン&ガーファンクル「明日に架ける橋(Bridge over Troubled Water)」
これは民間による自主規制の一例だが、いつの世も国家権力によって、歌うことも聴くことも禁じられる歌がある。
戦時中の日本では“憎っくき米英”の音楽は、演奏や放送はおろか所有も禁止となり、供出させられた楽譜やレコードはすべて廃棄処分された。
1980年に中国全土で大ヒットしたテレサ・テン(鄧麗君)の「何日君再来(ホーリージュンザイライ)」は、もともとは1937年に中国映画の挿入歌として作られた歌だった。
よき花 常には咲かず
よき運命 常には有らず
愁い重なれど 面に笑み浮かべ
涙溢れて ひかれる想い濡らす
今宵別れてのち
いつの日 君また帰る
この懐かしい流行歌が、台湾に生まれ育ったテレサ・テンによってカバーされたのは1979年。
台湾のラジオ放送からこの歌が中国大陸に向けて流され始めると、共産党政権が樹立してからは国家による革命歌しか聞くことのできなかった大陸の人々に、テレサの歌声が少しずつ染み込んで翌年から大ヒットになった。
しかし中国の政府当局は、対立する台湾のプロパガンダだと警戒し、1982年からテレサの歌を「靡靡之音(退廃的な歌)」として、「半封建、半植民地の奇形的産物」で「民衆の精神汚染を防ぐ」という理由で輸入、販売、放送などが禁止された。
それでも人々は、海を越えて台湾から聞こえてくるラジオの音にこっそり耳を傾けたり、コピーが繰り返されたカセット・テープを手渡しで広めて、テレサの歌声を愛聴し続けた。
「何日君再来」はテレサの歌によって台湾、中華人民共和国、香港のみならず、全世界の中国人に歌われるチャイナ・メロディの代表曲となっていく。
日本でも戦時中の1939年、渡辺はま子が「いつの日君来るや」というタイトルでカヴァー、1940年には李香蘭(山口淑子)が中国語で歌ってヒットしたが、まもなく軟弱な恋愛賛歌だとして発売禁止処分を受けた。
近年になってからはテレサの日本語ヴァージョンのほか、都はるみ、石川さゆり、おおたか静流、そして中国語でも小野リサや夏川りみがカヴァーするなど、すっかりスタンダードになっている。
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