「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

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日本で最初にヒットしたロックンロール・ナンバー「ダイナマイトが百五十屯」の破壊力

日本で最初にヒットしたロックンロール・ナンバーと言われているのが、1958年11月に発売されたシングル盤の「ダイナマイトが百五十屯」である。 歌ったのは当時23…

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小林旭の「ダイナマイトが百五十屯」~詞・曲・歌唱が奇跡的に融合され爆発している”土着ロック”の最高傑作

1958年に「ダイナマイトが百五十屯」が発表されたとき、それが日本語のロック第1号楽曲として21世紀にまで受け継がれることなど、当事者の誰もが想像だにしなかった…

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矢沢永吉を支えたソングライターとしての西岡恭蔵①~「ライフ・イズ・ヴェイン」

ふたりが出会ったきっかけについて、西岡恭蔵は「ディレクターの方とか矢沢本人とかが作詞をする人を捜してたんてすよね。で、その中にピックアップされて、今も続いている…

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高倉健とレコーディングした思い出が残る「唐獅子牡丹」を歌い継いでいた江利チエミ

『江利さん幻の音源見つかる/ロス公演で「唐獅子」熱唱』というニュースが流れたのは、江利チエミがな亡くなってから22年の歳月が流れた2004年4月2日のことだ。 …

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シンガー・ソングライターとしての魅力と可能性が試された「返事はいらない」

ビートルズの来日公演から数年ほどが経過して、ニュー・ミュージックと呼ばれる歌が登場してきた。 マスメディアの一部で使われ始めたその言葉は、サウンドからも歌詞から…

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ミシェル・ポルナレフの「愛の休日」で衝撃を受けたユーミンが身につけた視点と浮遊感

日本でミシェル・ポルナレフが有名になったのは1971年に発売した「シェリーに口づけ」が、歌謡曲に混じってオリコンのベストテンに入るほどヒットしたからだ。 さらに…

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プロコル・ハルムの「ソルティ・ドッグ」と、もとはイギリス生まれだったカクテルの関わり

プロコルハルムの代表曲といえば「青い影」だが、「ソルティ・ドッグ」という曲も代表曲としてあげられる1曲だ。 オルガンによる宗教音楽のようなサウンドが印象的な「青…

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美術の仕事か小説か、将来の進路に悩んでいた原田マハに聞こえてきたユーミンの「春よ、来い」

原田マハがたまたま知り合いになった出版社の編集者から、「共同執筆で働く女性のインタビュー集を作らないか」と持ちかけられたのは2004年のことだった。 その頃はな…

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ちあきなおみの「ねえ あんた」が生まれるアイデアがひらめいた熱海温泉の一夜

ちあきなおみのリサイタルを1ヵ月後に控えて新曲に関するプランを練っていたTBSの砂田実は、昔からの顔なじみだったバンドの面々と熱海に出かける機会があった。 遅い…

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「私のフランソワーズ」~思春期のユーミンにとってフランスの香りだったというフランソワーズ・アルディ

1960年代から70年代にかけて、洋楽のヒット曲を作り出すのに貢献していたのはラジオだった。 ただし歌や音楽はラジオからそのままリスナー伝わるが、アーティストの…

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来日公演でジーン・ヴィンセントが歌った「オーバー・ザ・レインボウ」の静かな衝撃

映画『女はそれを我慢できない』が1957年に日本で公開された時、たくさんの若者たちの目を釘付けにしたのは、動くロックンロールの強烈な衝撃だった。 なかでも評判に…

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「やさしさに包まれたなら」〜うたづくりにおける特別な瞬間について語ったユーミンと井上陽水

ユーミンが会いたかったという著名人との対話をまとめた本の「才輝礼賛38のyumiyoriな話」(松任谷由実:著 中央公論新社)には、ほぼ同じ時代を生きてきたシン…

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