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ジーン・ヴィンセントに出会った日本の若者たちが受けた「オーバー・ザ・レインボウ」の静かなる衝撃

1957年に日本でも公開された映画『女はそれを我慢できない』で、当時の若者たちの心をとらえたのは動くロックンロールの強烈な衝撃だった。 なかでも評判になったのが…

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スティングの運命を変えた「ロクサーヌ」③~ニューヨークのCBGBから始まったアメリカ・ツアー

1978年10月20日、スティングとアンディ・サマーズは格安航空チケットで、ロンドンからニューヨークへ向かった。 午後10時半ごろにケネディ空港に到着し、迎えに…

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スティングの運命を変えた「ロクサーヌ」②~「こいつはクラシックだ。大ヒット間違いなしだぜ、おい」

ポリスの歴史は1976年に地元のニューカッスル大学のセントメリーズ・カレッジにある大食堂で歌っていたスティングが、アメリカ人ドラマーのスチュアート・コープランド…

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テンプターズの「エメラルドの伝説」が誕生したことで頂点に達するグループ・サウンズのブーム

1968年3月に発売した第2弾シングル「神様おねがい」のヒットによって、テンプターズは先行していたタイガースのライバル的なポジションを得て、熱狂的なグループ・サ…

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「ゲッティング・ベター」~他のバンドと圧倒的に違っているビートルズならではのコンビネーション

ビートルズのアルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』には、トリップ・ミュージックの代表作ともいわれる「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウ…

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自作のオリジナルソング「神様お願い」から始まったテンプターズの快進撃

ビートルズの来日公演に影響を受けたグループサウンズのブームの中に、ロカビリー時代の反社会的で危険な香りを持ち込んだのは、萩原健一(ショーケン)という稀有な表現者…

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50年の歳月を経て新しく生まれ変わった『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』

1967年6月1日、ザ・ビートルズは『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』を発表、イギリスのアルバム・チャートでは27週にわたって1位の座…

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ビートルズとストーンズに最も近かったのが1967年のザ・テンプターズ

「カッコいい」「あこがれ」「美少年」 「自意識」「純粋さ」「反骨精神」「スタイリッシュな生き方」‥‥ グループ・サウンズ(GS)は1967年から68年にかけて、…

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石原裕次郎に導かれるように誕生した作詞家・なかにし礼の出世作「知りたくないの」

立教大学の学生だった中西禮三(後の作詞家・作家 なかにし礼)はシャンソン喫茶でアルバイトするようになり、美輪明宏(=丸山明宏)がホームグラウンドにしていたことで…

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『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』で最初にレコーディングされたポール・マッカトニーの曲

1967年に発表されたビートルズのアルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』に収録されている「ホェン・アイム・シックスティー・フォー」…

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かまやつひろしが美空ひばりの「リンゴ追分」からジャズの匂いを感じたハーモニーの可能性

1952年4月に民間放送のラジオ東京(現TBS)の開局を記念してオンエアされたラジオドラマ、『リンゴ園の少女』の挿入歌として作られたのが「リンゴ追分」である。 …

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ジョン・レノンの直感がもたらしたレコーディング技術によって完成した「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」

1966年の9月初旬からビートルズのメンバーはソロ・プロジェクトに挑戦しはじめたので、滅多に顔をあわせることがなかった。 しかし再集結して新しいアルバムのレコー…

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ウォン・カーウァイ監督『恋する惑星』の主題歌としてヒットしたフェイ・ウォン「夢中人」

フェイ・ウォンの「夢中人」が2017年4月22日のレコード・ストア・デイで、日本独自の企画として7インチ・ヴァイナルで限定リリースされる。 1994年に公開され…

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山本リンダの「恋のカーニバル」が「どうにもとまらない」に変わった経緯

人気作詞家になってヒット曲を量産し始めた阿久悠が、音楽業界に次なるイノベーションを巻き起こしたのは、旬を過ぎたアイドル歌手の山本リンダに書いた「恋のカーニバル」…

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阿久悠の”ない・ソング”3部作「朝まで待てない」「ざんげの値打ちもない」「どうにもとまらない」

1967年11月10日にシングル盤「朝まで待てない」でレコード・デビューしたザ・モップスは、日本で最初にサイケデリック・サウンドを打ち出したバンドだった。 その…

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追悼・加川良~かまやつひろしをカヴァーした「どうにかなるさ」からにじみ出てくるリアリティ

・撮影 吉村輝幸 ・撮影場所 下北沢ラカーニャ 加川良はシンガーやシンガー・ソングライターであると同時に、普通の生活をする市井の人であった。 歌を作ってうたうと…

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ブラジルの貧民街とアメリカの刑務所で撮影されたマイケル・ジャクソンのショート・フィルム

1995年のアルバム『ヒストリー』に収録された「They don’t care about us(彼らは僕らのことなんて考えちゃいない)」は、妥協を許さない表現…

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「教訓Ⅰ」が21世紀になって浜田真理子や大友良英に歌われるまで

「御国」のために大切な一人ひとりの生命を棄てることが、さも美徳であるかのように教えこまれていた戦前や戦中を想い起こさせながら、ユーモアのある語り口調で国家権力へ…

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エイプリル・フールから独立した小坂忠の「しらけちまうぜ」は日本語ソウル・ミュージックの原点

小坂忠が1968年に「ザ・フローラル」というバンドのヴォーカルとしてデビューした頃、日本にはまだ確たるロックシーンは存在していなかった。 加熱するGSブームの渦…

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「ちあきなおみ君に歌ってもらおう」~作曲した船村徹がそう決めていた「矢切の渡し」①

「矢切の渡し」は江戸川にあった実在した渡し船と船着場を舞台にした歌で、ちあきなおみの演歌において代表作のひとつになっている。 それは1976年のことだった。NH…

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