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憂歌団の「胸が痛い」は、このうえもない真っ直ぐな日本のブルース

憂歌団の「胸が痛い」は1989年に発売されたアルバム「BIG TOWN, SMALL HANDS」に収められていたもののほか、ヴァージョンを変えてリテイクされた…

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19歳の山口百恵が「私自身に近いところで歌が呼吸していた」と書いた「プレイバックPartⅡ」

オーディション番組『スター誕生!』で1972年に見出された山口百恵は、翌年5月に「青い果実」で歌手としてデビューした。 彼女がいわゆる「青い性」路線と言われた楽…

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「明日があるさ」と「若いってすばらしい」~兄と妹のような関係のスタンダード・ソング

明るい明日がやって来ることを疑わずにいることができた1963年の師走から翌年にかけて、おおらかな青春賛歌の「明日があるさ」がヒットした。 昭和の時代が1960年…

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山口百恵の歌手としての人生が変わっていくきっかけになった「涙のシークレットラブ」

1976年の夏に大ヒットした山口百恵の「横須賀ストーリー」は、4月に出す予定だったアルバム『17才のテーマ』のために作られた楽曲だった。 しかし素晴らしい出来栄…

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「黄色いさくらんぼ」~「黒」に敗れてレコード大賞を逃した「黄色」のエロティックなポップス

美空ひばり、都はるみ、北島三郎、五木ひろしなどの代表曲を書いた作詞家の星野哲郎は、「演歌の父」とも言える存在だったが、最初の大ヒット曲は少しエロティックなポップ…

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クレージーキャッツの”変な歌”⑤大瀧詠一が三拍子どころか十拍子も揃っているとベストワンに推す「ホンダラ行進曲」

クレージーキャッツのテレビ番組の構成作家だった青島幸男は、植木等が歌ってヒットした一連のクレージー・ソングのほとんど全てを作詞しているが、著書「わかっちゃいるけ…

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痛快でスピーディなクレージーキャッツの”変な歌”④植木等の「ハイそれまでョ」

クレージーキャッツの3枚目のシングルは植木等の二枚目風キャラクターを活かして、ムード歌謡風のゆったりした歌い出しで始まる。 もともとジャズ・ギタリストで、ジャズ…

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クレージーキャッツの”変な歌”②PTAのおばさまなんかがガタガタ騒ぎ出すようなバカ歌

青島幸男が書いた「スーダラ人生 クレージーキャッツ物語」によると、「スーダラ節」でレコードを出そうとしたときに、ふたつの選択肢があったという。 プロデューサーの…

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阿久悠と中島みゆきによる「世迷い言」~”ヨノナカバカナノヨ”と日吉ミミが歌った回文歌謡曲

「世迷い言」は昔から伝わってきた「竹藪焼けた(タケヤブヤケタ)」や、「タイ焼き焼いた(タイヤキヤイタ)」などの回文を使った歌謡曲で、テレビドラマの挿入歌として作…

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音楽と笑いでブームを巻き起こしたクレージーキャッツの”変な歌”①植木等の「スーダラ節」

1960年代初頭からテレビで人気が上昇してたクレージーキャッツだが、最初の爆発は植木等の歌った「スーダラ節」の大ヒットから始まった。 そこから「ドント節」「五万…

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革命的なブームを巻き起こしたクレージーキャッツの”変な歌”③「無責任一代男」

1961年の「スーダラ節」から始まったヒット曲によって植木等ブームが到来し、クレージーキャッツが疾風怒濤の快進撃を始めた1962年、記念すべき映画『日本無責任時…

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「九月が終わったら、起こして」~父を亡くした少年の思い出を歌ったグリーン・デイのヒット曲

グリーン・デイのヴォーカル、ビリー・ジョー・アームストロングの父はジャズ・ミュージシャンだった。 しかし音楽では暮らしが成り立たず、トラックのドライバーで生計を…

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「九月になったのに」~歌や音楽でしか伝えられないボロボロの天使たちの叫び

竹中直人は中学3年生の頃、ラジオから流れた歌を聴いてRCサクセションの大ファンになり、熱心にライブへ足を運ぶようになった。 RCサクセションは竹中にとって、ヤマ…

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画期的なカップヌードルの誕生、画期的なCMソングを書いた阿久悠と小林亜星

1971年に売出しが予定されていた世界初のカップラーメン、日清食品の「カップヌードル」のCMソングの依頼が来た時、作曲家の小林亜星は「阿久悠という斬新な詞を書く…

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石原裕次郎の「粋な別れ」に込められていた、浜口庫之助が選んだ人生への思い

浜口庫之助は1987年に52歳の若さで亡くなった石原裕次郎について、著書「ハマクラの音楽いろいろ」のなかでこのように述べている。 人間の一生には、花の部分と、実…

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石原裕次郎に頼まれて浜口庫之助が作った「夜霧よ今夜も有難う」

1966年に山中湖畔のゴルフ場で作曲家の浜口庫之助が石原裕次郎と会ったのは、まったく偶然のことだった。 浜口はその日、山梨県警の本部長と公正取引き委員会の知人と…

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T・レックスの初来日公演時に日本でレコーディングされた「20センチュリー・ボーイ」

1968年の秋から東芝音楽工業の洋楽部に配属された新入社員の石坂敬一は、アシスタント・ディレクターとして仕事を始めたとき、まずは印象に残る日本語のタイトル、邦題…

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「狼なんか怖くない」~阿久悠がピンク・レディーの「S・O・S」から発展させて書いた石野真子のデビュー曲

伝説のオーディション番組『スター誕生!』(日本テレビ系)に出場した石野真子は高得点で合格、1978年3月25日に「狼なんか怖くない」でデビューすることになった。…

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阿久悠の”ない・ソング”3部作~「朝まで待てない」「ざんげの値打ちもない」「どうにもとまらない」

1967年11月10日にシングル盤「朝まで待てない」でレコード・デビューしたザ・モップスは、日本で最初にサイケデリック・サウンドを打ち出したバンドだった。 その…

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追悼・山川啓介~矢沢永吉に「チャイナタウン」をひとり往くハードボイルドな男を見た作詞家

キャロルが解散した1975年の秋に発表された1stアルバム『I LOVE YOU、OK』は、かつてのファンのあいだでは賛否両論を巻き起こした。 粗削りながらもエ…

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