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デイヴ・バーソロミュー追悼〜“ニューオーリンズ音楽の巨人”と呼ばれた男の偉大な足跡と功績

2019.06.24

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2019年6月23日の午前中、“ニューオーリンズ音楽の巨人”と呼ばれたデイヴ・バーソロミュー(享年100)がニューオーリンズ郊外メテリーのイースト・ジェファーソン総合病院にて心不全のため死去した。
1950年代以降のニューオーリンズ音楽の形成に大きく貢献した彼は、“ロックンロールの創始者の一人”と言われた男ファッツ・ドミノの育ての親であり、ジャンプブルースやビッグバンドスウィングがR&B、R&Rに発展していく過程で主動的な役割を担った人物である。
トランペット奏者であり、ソングライターであり、バンドリーダーであり、プロデューサーでもあった彼が手がけた作品(作曲や編曲をした楽曲)が、後進のエルビス・プレスリーやビートルズなど多くのアーティストに影響を与えた影響・功績は計り知れない。



1918年12月24日、彼は米ルイジアナ州のエドガーという街で生まれた。
10代の頃からディキシージャズバンドでチューバを吹いていたが、のちにトランペットをメイン楽器に変更し、アルヴィン”レッド”タイラー(サックス)、アール・パーマー(ドラムズ)、リー・アレン(サックス)らと共に新しいバンドを結成する。
同時期、ニューオーリンズでレコーディングエンジニア/スタジオ経営者コジモ・マタッサ(リトル・リチャード、レイ・チャールズ、ドクター・ジョンなどを手がけた才人)と出会ったことをきっかけに彼はプロとしてのキャリアを本格的にスタートさせる。
1947年、28歳の時に彼はDELUXEレコードで初のレコーディングを経験するが、すぐに会社が倒産してしまい…不発に終わる。
30代となった1949年あたりから彼はインペリアルレコードの下で、編曲家、バンドリーダー、およびタレントスカウトとして活動するようになる。
ファッツ・ドミノを筆頭に、彼がスカウトしてプロデュースしたアーティスト達(アール・キング、トミー・リッジリー、ロバート・パーカー、フランキー・フォード、クリス・ケナー、スマイリー・ルイス、シャーリー&リー)が次々にヒットを飛ばし、その手腕と才能は音楽家としてだけではとどまらずビジネスマンとしても高い評価を得る。
1960年代半ばになると、彼はインペリアルを離れて自分のレーベル“ブロードムアレコード”を立ち上げる。
このレーベル名は当時彼が住んでいたニューオーリンズのブロードムア地域に因んで名付けられたものだった。
その後、いくつかのレーベルを転々としながらプロデューサーとして活躍する一方で、自己名義での作品も発表しながらジャズの演奏活動を続けていた。
1991年、彼は73歳にしてロックの殿堂(The Rock and Roll Hall of Fame and Museum)」入りを果たす。
彼が受賞した“ノンパフォーマー部門”とは、ソングライター、プロデューサー、ディスクジョッキー、レコード役員、ジャーナリスト、ロックンロールの発展に大きな影響を与えた業界の専門家に授与される栄誉あるものだった。



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