「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

TAP the LIVE

鳴かず飛ばずだったワム!に舞い込んだ千載一遇のチャンス

2023.12.25

Pocket
LINEで送る

1982年秋のある日。
ワム!のジョージ・マイケルは、プロデューサーのスティーヴ・ブラウンとバーで飲んでいた。
会話の中心は2ndシングル「ヤング・ガンズ」が、UKチャートを下降し始めたことについてだ。
ジョージはひどく落ち込み、スティーヴに愚痴をこぼしていた。

「2枚のレコードがコケちまうなんて信じられない。
いいよ、最初のレコードはコケることもある。だけど、”ヤング・ガンズ”はどうしてもコケるはずないのに! 信じられないよ」


1982年1月に、ジョージ・マイケルとアンドリュー・リッジリーの2人によって誕生したワム!。
学生時代から友人同士でバンドを組んだりもしていた2人は、大学を辞めて本格的に音楽への道を進み始める。
彼らはデモ・テープを聴いてもらおうとレコード会社各社に足を運び、翌月にはインディーズ・レーベルのインナービジョンと幸先よくレコード契約を交わした。

6月には「ワム・ラップ!」でデビューを果たしたが、トントン拍子で事が進んだのはここまでで、レコードはチャートインすらできず不発に終わってしまった。


しかし、このときジョージはそこまでショックを受けなかったという。
音楽雑誌などのメディアでは注目の新人としてスポットを浴びたし、多少なりともワム!の名前を世間に知ってもらうことができたという実感があったからだ。
だからこそ、2ndシングルは「ワム・ラップ!」を踏み台にして、何としてもヒットさせなければならなかった。

デビュー前は2人で曲を作っていたが、この頃には音楽面での才能に溢れるジョージが曲作りを担当し、ビジュアルなどの演出面をアンドリューが担当するという分業体制が出来つつあった。
新しく出来た曲「ヤング・ガンズ」もジョージ1人の手で書かれており、この曲なら絶対にヒットするはずだ、という絶対的な自信をジョージは持っていた。

1982年10月16日にリリースされた「ヤング・ガンズ」は、初週で72位につけると翌週には48位まで上昇したが、その次の週には早くも勢いが衰え、52位にまで降下してしまった。

そうした経緯からジョージはバーで愚痴をこぼしていたわけだが、この時についてジョージは“完全に打ちひしがれた絶望の1週間”だったと振り返っている。

このままではマズいと動き出したのが、ワム!の所属していた音楽出版社のディック・リーヒイだ。
ディックもまた、「ヤング・ガンズ」は素晴らしいレコードで、聴けば絶対にみんな買いたくなるはずだと信じていた。
ディックが店内で曲をかけてもらおうと各レコード店を回ると、すぐにその効果はあらわれ、翌週のチャートは42位にまで上がった。

そこへ舞い込んだのが超人気音楽番組「トップ・オブ・ザ・ポップス」への出演依頼だった。
1964年から続くこの番組は、全英シングルチャートを大きく変動させるほどの絶大な影響力を持っていた。
当然のことながら出演を希望するレコード会社やミュージシャンは数知れず、本来なら42位のアーティストが出れるような場所ではない。
にもかかわらずオファーがきたのは、プロデューサーがたまたま別の番組に出ていたワム!を見て興味を持ったからだった。

生放送当日。
スタジオにはワム!の2人が多大な影響を受けた『サタデー・ナイト・フィーバー』を思い出させるようなセットが用意された。
大勢の若者たちがワム!を中心に取り囲み、ノリのいいソウル風なサウンドに合わせて踊っている中、、ジョージは久々に会った友人に話しかける。


ソウルボーイ、街に繰り出そうぜ
ソウルボーイ、何を困ってるんだ?


ところがその友人はこう言葉を返した。


ジョージ、婚約者を紹介するよ


少年時代からの絆が、結婚という人生の転機によっていとも簡単に壊された瞬間だった。
ジョージは結婚生活がいかに退屈で恐ろしいかをラップで訴える。


賢いヤツなら分かるはずだ
結ばれるのがいかに危険かってね
僕を見ろ、独り身で自由だ
涙はない 恐怖もない
これが僕の理想だ


一見すればノリのいい音楽に合わせて若者たちが能天気に踊っているだけのようだが、そこには大人になることを拒む若者の叫びが描かれていた。


「トップ・オブ・ザ・ポップス」の効果は絶大だった。
「ヤング・ガンズ」は多くの同世代の共感を呼び、翌週には24位まで上昇、そのまま週を追うごとに順位は上がっていき、最終的には全英チャート3位の大ヒットとなる。

千載一遇のチャンスをものにしたワム!は、一気に時代を象徴するポップ・スターへと登りつめていくのだった。








引用元:
『自伝 裸のジョージ・マイケル』ジョージ・マイケル トニー・バースンズ著/沼崎敦子訳(CBSソニー出版)


(このコラムは2017年1月3日に公開されたものです)

Pocket
LINEで送る

あなたにおすすめ

関連するコラム

[TAP the LIVE]の最新コラム

SNSでも配信中

Pagetop ↑

トップページへ