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ピート・タウンゼンド〜真冬のコテージで綴り始めた『四重人格』

2024.01.02

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ピート・タウンゼンドが真冬に綴ったモッズ少年の物語『四重人格』


1973年初め。暗く冷たい、冬の週末の夜。
27歳のピート・タウンゼンドは自宅のコテージに一人座り、逆巻く川や隙間風の音を聞きながら記憶の旅に耽っていた。ここ数ヶ月もの間、家族や友人、バンドとステージにいる時でさえ、新しく生まれつつある“音楽と物語”のことが頭と心から離れない。しかし、今夜は違った。

1964年。私はアートスクールの友人と一緒に、ブライトンの桟橋の下で数時間眠ったところだった。友人の名前はリズ・リード。ストロベリー・ブロンドの可愛い子だった。


突如として、19歳だったあの日が蘇ってきた。二階には妻や子供たちが眠っている。ピートはノートをつかむと、何かに取り憑かれるように走り書きを始めた。この悲しくロマンチックな気持ちのまま綴りたかった。ジミーという名のモッズ少年の物語。ロックオペラ『Quadrophenia』(四重人格)の誕生だ。

それは海岸でモッズとロッカーズの乱闘が起きた夜でもあった。まだ暗い中、しょぼしょぼと降る雨を避けながら桟橋の下の浜辺を歩いていると、モッズの一団と出くわした。私たちは一緒になってしばらく腰をおろした。みんな、当時流行していたアッパー系のドラッグ、パープル・ハーツから醒めようとしているところだった。

私たちは恋に落ちていた。なのに私はその後、リズとはデートなどしなかった。ただの一度も。彼女と一緒にいた時間は、あのときのまま静止し、高められ、私にとって永遠に特別なものとなった。


ピート・タウンゼンド。ザ・フーのギタリストであり、バンドのほとんどの曲を生み出すソングライター。ステージに立つと「怒れるゴロツキ」となって、風車のように腕を回すウインドミル奏法や跳躍と破壊のパフォーマンスで観客を魅了する男。

ザ・フーが持つ様々な表情──ハードな「My Generation」、ポップな「The Kids Are Alright」、バラードの「So Sad About Us」といったナンバーを量産したマキシマムR&B/モッズバンド時代。モンタレー、ウッドストック、ワイト島、リーズでは史上最高のライブバンドとして伝説化。ロックオペラ『Tommy』の知的な文学性。シンセサイザーをロックに取り入れた『Who’s Next』の開拓。ピート・タウンゼンドは26歳までにこれらのことすべてをやり遂げてしまった。

しかし、一方でロックスターにはつきもののドラッグやアルコール、加えて壮大なSFロックオペラ『ライフハウス』プロジェクトの頓挫、理解されない孤独感、荒んだ心の闇に苦しんでもいた。俺は一体何をすればいい?

1972年6月。27歳になったばかりのピートはそんな想いに迫られながら、「怒れるゴロツキ」から「ファンの担い手」となって創作に取り組むことを静かに決意。重度の薬物中毒で廃人状態にあった友人エリック・クラプトンをチャリティ・コンサートで復帰させるなどしながら、ようやく半年後のコテージでの出来事に辿り着く。

アルバム『Quadrophenia』(四重人格)は1973年10月にリリース。ブックレットには写真家イーサン・ラッセルによる40ページのフォト・ストーリーが収録されていて、ピートが心に描いた風景をヴィジュアルとして見事に再現。1979年には『さらば青春の光』として映画化もされ、当時のネオ・モッズたちのバイブルになった。

なお、ブックレットにはピート・タウンゼンドが書いた序文も掲載されていて、ザ・フー4人それぞれの姿、あるいは自らの性格を示唆するような一文で締めくくられる。

タフ・ガイ、無力なダンサー。
ロマンティスト、一瞬でもそれは俺なのか?
とんでもない狂人、荷物だって運びますぜ。
物乞い、偽善者、愛が俺を支配する。

精神異常? 俺は最悪な四重人格(クアドロフェニック)だ。



『Quadrophenia』

『Quadrophenia』


『さらば青春の光』

『さらば青春の光』


ピート・タウンゼンド自伝『Who I Am』

*参考・引用文献/ピート・タウンゼンド自伝『Who I Am』


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*このコラムは2015年8月に公開されたものを更新しました。

TAP the POP 2周年記念特集 ミュージシャンたちの27歳~青春の終わりと人生の始まり〜


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