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「プカプカ」のモデルとなったのは、激動の時代を駆け抜けたジャズ・シンガーだった

2016.02.20

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その昔、安田南というジャズ・シンガーがいた。
1960年代の前半から米軍キャンプなどのステージで歌うにようなり、一時は俳優座養成所に籍をおいていたこともあった。

安田南1のコピー
アングラ演劇の勃興期だった1960年代後半になると、自由劇場や演劇センター68/71(現・劇団黒テント)の舞台にも立った。

安田南2

人気小説家だった瀬戸内晴美(現・寂聴)が連載エッセイで、「はじめて安田南の存在を知ったのは、歌手としてではなく、役者としてでもなく、とてつもなくチャーミングな女の子としてであった」と紹介したのは1971年のことだ。

つきあった男(もちろんセックスで)は七十人だとか八十人だとかケロリとして口にしているけれど、色情狂でもない。
横で見ていると、ちょうど靴でもはきかえるように男を変えているだけの話だ。
まだ宵の口に六本木を男の腕にすがってはだしで歩いている南に逢ったことがある。
新しい靴が痛くていやだからはだしになったというのだ。


奔放で自由な女性としてその名が広まった安田南は、東京・青山にあるジャズ・クラブ「ロブロイ」などで歌っていた。
当時はまだレコードも出ていない状態だったが、ライブでの人気は高かったという。

やがて時代の最先端をいくクールな女性として、『話の特集』や『ワンダーランド』(『宝島』の前身)といったサブカルチャー雑誌にエッセイを連載し、メジャーな女性誌などからも注目を集めていく。

安田南 ライブ モノクロ 寄り

同じ頃に大阪で活動していたザ・ディランⅡのシングル盤のB 面として、「プカプカ」という少し変わった歌が発表された。

A面の「男らしいってわかるかい」はザ・バンドによって有名になった楽曲、ボブ・ディランの「アイ・シャル・ビー・リリースト」を日本語でカヴァーしたもの。
ヴォーカルはAB面ともにメンバーの大塚まさじ、それが1971年7月のことだった。

「プカプカ」の作者としてクレジットされていた象狂象とは、シンガー・ソングライターとして活躍した西岡恭蔵のペンネームである。

そしてザ・ディランⅡを抜けてソロ活動を始めた西岡恭蔵もまた同じ年に、ファースト・アルバム『ディランにて』を発表して自ら「プカプカ」を歌った。

そのときサブタイトルに「みなみの不演不唱(注・ブルースと読む)」と付けたことから、演劇センター68/71の大阪公演で西岡恭蔵と共演したジャズシンガーの安田南が、歌の主人公の「みなみ」ではないかと噂されることになったのである。

おれのあん娘は タバコが好きで 
いつもプカプカプカ
身体に悪いから やめなっていっても
いつもプカプカプカ
遠い空から 降ってくるっていう 
倖せってやつが あたいにわかるまで
あたい タバコ やめないわ 
プカプカプカププカ

おれのあん娘は スウィングが好きで 
いつもドゥビドゥビドゥ
下手くそなスウィングやめなっていっても 
いつもドゥビドゥビドゥ
あんたがあたいの どうでもいい歌を 
涙 流すまで わかってくれるまで
あたい スウィング やめないわ 
ドゥビドゥビドゥビドゥビドゥ

おれのあん娘は 男が好きで 
いつもフフフ
おいらのことなんか ほったらかしで
いつもフフフ
あんたがあたいの寝た男たちと 
夜が明けるまで お酒のめるまで
あたい 男 やめないわ 
フフフフフ


20120306101505 安田南スナップ
安田南は1974年から作家の片岡義男と二人で二時間の深夜番組、FM東京系列で全国放送された「気まぐれ飛行船」に出演してパーソナリティを務めている。

深夜に流れる二人のノンシャランな「大人の会話」によって名前が全国区になり、ジャズ・スタンダードを歌ったアルバムも発売になった。

ところが1978年のある日、安田南はラジオ番組を無断で休んだまま、理由を告げることもなく姿を消してしまう。

片岡義男は「きっと、またぶらっと戻ってきてくれると思います」と番組で呼びかけたが、二度と表舞台に戻って来ることはなかった。

安田南はが書いたエッセイには、こんな文章が残されていた。

円熟した、などとは死んでも言われたくない、聞きたくもない。
わたしの歌はわたしの肉体とともに亡びるのが望ましい。
「うた」というものは、もしかしたら本来そんなふうなものだと思ったりもする。


こうして時代の移り変わりとともに安田南はいつしか忘れられていったが、「プカプカ」は繰り返し歌われているうちに、亡びるどころか新しい生命を注ぎ込まれていった。

そしてカウンター・カルチャーが台頭したこの頃に、新宿で「プカプカ」を歌い継いだのは役者やダンサーたちだった。

* 写真提供・井出情児


<このコラムの続きは、こちらからご覧いただけます>

(2)カウンター・カルチャーが台頭した70年代、「プカプカ」を歌い継いだのは役者やダンサーだった

(3)「プカプカ」を歌っただけでなく、アンサーソングまで作った女優の桃井かおり

(4)追悼・石田長生 初めて日本語でブルースを感じさせた曲「プカプカ」

西岡恭蔵「プカプカ」



安田南『サニー』
ユニバーサル ミュージック クラシック


西岡恭蔵『ゴールデン☆ベスト』
SOLID

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