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デュアン・オールマンはなぜビートルズの「ヘイ・ジュード」をカバーするように大物を説得したのか

2014.11.07

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ビートルズの18枚目のシングル「ヘイ・ジュード」は、1968年9月28日に全米チャート1位になると、9週間連続で首位の座をキープする大ヒット曲となった。

ちょうどその頃、アメリカ深南部のアラバマ州にある人口8,000人の田舎町、マッスルショールズにあるフェイム・スタジオでは、サザン・ソウルの大物シンガー、ウィルソン・ピケットのレコーディングが行われていた。(注1)

エッジの効いたパワフルなヴォーカルと激しいシャウト唱法で成功をつかんだピケットは、1966年にR&Bチャートで1位になった「ダンス天国(The Land of 1000 Dances)」などのヒットで、当時は最も脂が乗っている時期だった。

そのときピケットのレコーディングに初めて参加していたのがデュアン・オールマン、翌年にオールマン・ブラザース・バンドを結成する22歳のギタリストである。

Duane-Allman-199x300デュアン・オールマン

デュアンはスタジオでのセッションの合間に、ピケットに意外な提案を行なった。
リアルタイムで大ヒット中だったビートルズの「ヘイ・ジュード」を、カヴァーしてはどうかと薦めたのだ。

しかし自分でもソングライティングを行うピケットは、日頃からオリジナル曲を重視していたので、白人のロックバンドが作った曲をカヴァーする案は即座に却下された。
ギタリストとしてデュアンをセッションに呼んだプロデューサー、フェイム・スタジオのオーナーであるリック・ホールも、そのアイデアには賛同しかねたという。

だがデュアンは「ヘイ・ジュード」がピケットに向いていると、熱心に薦め続けた。きっとうまくいくという、確信めいたものがあったに違いない。



ビートルズのヴァージョンはイントロなしで、ポール・マッカートニーがいきなり「Hey Jude~」と歌い始める。
最初はピアノだけがコードを鳴らす伴奏のシンプルな始まりだが、徐々にリズムやコーラスが加わって盛り上がり、後半からオーケストラが入るとポールのヴォーカルはソウルフルにシャウトを繰り返す。

音域が広くて歌唱力を要求される美しいメロディー、歌詞の内容も含めて否が応にも盛り上がっていくという楽曲の構造、後半になって何度も何度も繰り返されるリフレインでのシャウト、そこにはゴスペルに通じるものがあった。

幼い頃から聖歌隊で歌ってきたピケットは、10代の半ばからゴスペルグループに入って活動した後に、コーラス・グループのファルコンズへ参加した。
1959年に「I Found A Love」という曲を書いてヒットさせたことから、ブラック・ミュージックの名門レーベル、アトランティックに認められて、ソロ・シンガーとしてデビューしてキャリアを築いてきた。

気むずかしくて扱いにくいと評判だったピケットを、デュアンは自らギターを弾いて説得して、レコーディングのセッションで「ヘイ・ジュード」を試すところまで持っていった。


教会を思わせるオルガンとシンプルなリズム隊をバックに感情を抑え気味にピケットが歌い出すと、一瞬にしてゴスペルのような荘厳なムードが醸しだされる。

デュアンの抑制が効いたギターが要所々々、歌に絡んだり促したりすることでピケットのソウルフルなヴォーカルは、ホーン・セクションとも一体となって何かに導かれるように熱を帯びていく。

やがて激しくシャウトするピケットのヴォーカルをきっかけに、一気に後半の盛り上がりへと突き進んでデュアンのギターもそれに呼応、叫び合ってクライマックスを迎える。

そのセッションが終わった瞬間のことをギタリストのジミー・ジョンソンは、ドキュメンタリー映画『黄金のメロディ マッスル・ショールズ』のなかで、こう語って微笑んだ。

こうしてサザンロックが誕生したんだ。


ひとつの歌が人と人との出会いを用意し、人と人との出会いから新しい歌が生まれる。
それが次の時代への架け橋となる。

アフリカ系アメリカ人の中から生まれたサザン・ソウルのフィーリングと、アイリッシュ系イギリス人が作った「ヘイ・ジュード」が出会うことによって誕生したサザンロックは、オールマン・ブラザーズ・バンドやレーナード・スキナードなどによってロックシーンに大きな流れを生み出すことになった。



(注1)サザン・ソウルのヒット曲製造工場となっていたフェイム・スタジオは、R&Bやソウル系のアーティストのレコーディング・スタジオとして60年代の前半から注目を集めていた。アレサ・フランクリンやエタ・ジェイムズ、クラレンス・カーターなど、サザン・ソウルのシンガーたちのヒット曲を次々に送り出したのは60年代の半ばからである。。
意外にもオーナーでプロデューサーとして陣頭指揮をとるリック・ホールも、主だったミュージシャンたちもみんな白人だった。



オールマン・ブラザーズ・バンドの『アット・フィルモア・イースト』に録音されているものとは?

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