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TAP the POP

佐藤 輝

1984年東京都生まれ。ライター。
R.E.M.を子守唄として聴かされ、高校受験のときに母親から渡されたベックの『Mellow Gold』とクラッシュの『London Calling』でロックに目覚める。明治学院大学ではジャズ研究会に所属。卒業後、下北沢の風知空知で接客業をしながらPAを学ぶ。2011年よりファイブディー・ラボに勤務。

佐藤 輝 が最近聴いてるアルバム

佐藤 輝 の記事一覧

TAP the STORY

フレディ・マーキュリーの27歳~わずか半年で無名からロックスターへ

1973年9月5日、フレディ・マーキュリーが27歳の誕生日を迎えたのは、クイーンがファースト・アルバム『戦慄の王女』をリリースして2ヶ月が過ぎた頃だった。 アル…

TAP the LIVE

ビョークがライヴを「自分の本質」と語る理由とは?

ビョークは、自身の音楽におけるライヴの重要性について、2003年にフジロック・フェスティバル出演するために来日した時のインタビューで、このように語ったことがある…

TAP the STORY

ようやく私自身の曲を書く時がきたのよ~ビョークの27歳

ビョークが1stアルバム『デビュー』をリリースしたのは、1993年7月のことだ。このときすでに27歳になっていたのは、それまでの彼女の音楽がバンドとともにあった…

TAP the LIVE

レオン・ラッセルによって窮地から救われたジョー・コッカーと集ったミュージシャンたち

ジョー・コッカーが母国のイギリスから海を超えて、ロサンゼルスへと休暇にやってきたのは、1970年3月上旬のことだった。 前年の夏に出演したウッドストック・フェス…

TAP the LIVE

ニール・ヤングが1971年当時にリリースしなかったことを悔やんだライヴ・アルバム

1970年の夏にCSN&Yから抜けたニール・ヤングは、自身のソロ・ツアーをスタートさせている。そして1971年の1月19日、ツアーはカナダのトロントで…

TAP the LIVE

『ラスト・ネヴァー・スリープス』でニール・ヤングが描いたロック・スターの宿命

1978年、ニール・ヤングが船でカリブ海の島国、グレナダへと向かっていたときのことだ。補給品を買うために上陸したセントジョージズで、ニールの目に止まったのは、政…

TAP the DAY

グループの結束よりもさらなる音楽の飛躍を求めてニール・ヤングを加えたCS&N

バッファロー・スプリングフィールドが解散したのは、1968年の夏のことだった。はっぴいえんどに影響を与えたことでも知られるこのロックバンドは、1966年にカリフ…

Extra便

ニール・ヤングに憧れる不良少女だったリッキー・リー・ジョーンズ

1979年、彗星のごとく音楽シーンに登場したリッキー・リー・ジョーンズ。3月に『浪漫』でアルバム・デビューを果たすと、その1ヶ月後には人気番組「サタデー・ナイト…

TAP the CHANGE

レナード・コーエンが尊敬するハンク・ウィリアムスから歌い継いだ愛と孤独

シンガー・ソングライター、そして詩人としての顔を持つレナード・コーエン。彼が生み出した楽曲の数々は、ボブ・ディランやU2、R.E.M.などをはじめとして、数え切…

TAP the LIVE

15年ぶりのツアーで最高のパフォーマンスを披露したレナード・コーエン

毎年いくつかのアーティストが追加されているロックの殿堂。2008年に殿堂入りを果たしたのはマドンナ、ベンチャーズ、デイヴ・クラーク・ファイヴ、そしてレナード・コ…

TAP the LIVE

狂騒のワイト島に静寂をもたらしたレナード・コーエン

グレートブリテン島の南部に隣接するようにして浮かぶワイト島。種子島ほどの大きさで人口15万人にも満たない自然豊かなこの島は、古くから避暑地としてイギリス人に親し…

TAP the CHANGE

ポール・ウェラーの価値観を変えたザ・フーの「マイ・ジェネレーション」とモッズ文化

ポール・ウェラーを最初に音楽の世界へと導いたのは、ビートルズだった。 「シー・ラヴズ・ユー」とか「抱きしめたい」の後くらいからかな、夢中になったのは。母がよくビ…

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