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TAP the POP

佐藤 輝

1984年東京都生まれ。ライター。
R.E.M.を子守唄として聴かされ、高校受験のときに母親から渡されたベックの『Mellow Gold』とクラッシュの『London Calling』でロックに目覚める。明治学院大学ではジャズ研究会に所属。卒業後、下北沢の風知空知で接客業をしながらPAを学ぶ。2011年よりファイブディー・ラボに勤務。

佐藤 輝 の記事一覧

TAP the LIVE

海外のパフォーマンスを取り入れて昇華させた忌野清志郎

1978年にアコースティックからエレクトリックへと路線を変更したRCサクセションは、忌野清志郎のグラムロックを彷彿とさせる派手な化粧と、エネギッシュでソウルフル…

TAP the LIVE

ストーン・ローゼズのターニングポイントとなったブラックプールでのコンサート

1983年にイギリス北西部の工業都市、マンチェスターで結成されたザ・ストーン・ローゼズ。 その初期メンバーでありバンドの中心であるイアン・ブラウンとジョン・スク…

TAP the CHANGE

パンク・ムーブメントの中で青春時代を送ったストーン・ローゼズのイアンとジョン

1989年にリリースしたデビュー・アルバムの大ヒットによって、たちまち時代を象徴するバンドの1つとなったザ・ストーン・ローゼズ。 そのソングライティングを担って…

TAP the LIVE

なぜポール・シムノンはステージの上でベースを叩き壊したのか?

その1枚が撮影されたのは、1979年の9月21日、ニューヨーク・パラディウムで開かれたコンサートでのことだった。 この年の夏、ロンドンで新作アルバム『ロンドン・…

TAP the LIVE

暴動でフェスが中止となる中、白人たちの心を掴んだマディ・ウォーターズの『アット・ニューポート1960』

若者たちが暴動を起こしたのは、マディ・ウォーターズが出演する前日のことだった。 アメリカ北東部に位置し、もっとも小さい州として知られるロードアイランド州。その湾…

TAP the LIVE

ジェリー・リー・ルイスが放った超弩級の火の玉~『ライヴ・アット・ザ・スター・クラブ、ハンブルク』

「『ライヴ・アット・ザ・スター・クラブ、ハンブルク』はアルバムではない、犯罪現場だ」(『ローリング・ストーン誌』より) ピアノの概念を覆すほどに暴力的でエネルギ…

TAP the CHANGE

B-52’sの「ロック・ロブスター」を聞いて新たな時代がきたことを確信したジョン・レノン

ジョン・レノンが息子のショーンを連れ、ニューポートからバミューダ諸島へ向けての船旅に出たのは、1980年の初夏のことだ。 ショーンが生まれてからというもの、ジョ…

TAP the LIVE

音楽に対する純粋な想いとレコード会社の支えによって生まれた『フランプトン・カムズ・アライヴ』

1975年の夏、ライヴ・アルバムのミックス作業を終わらせたピーター・フランプトンは、出来上がった音源を所属するA&Mレコードの創始者、ジェリー・モスに…

TAP the LIVE

プリンスとジャズが邂逅、マイルス・デイヴィスとの共演

1984年、自伝映画『パープル・レイン』を発表したプリンス。映画の興行収入は年間11位、アルバムは全世界で1500万枚を売上げ、その人気と名声は頂点にまで上り詰…

TAP the LIVE

『ラスト・ワルツ』のハイライトと讃えられるマディ・ウォーターズの名唱が記録された背景

ザ・バンドが残した伝説のコンサート『ラスト・ワルツ』は、1976年11月25日にカリフォルニア州サンフランシスコのウインター・ランドで開催された。 厳しいツアー…

TAP the STORY

高田渡の27歳~アメリカでの初レコーディング、ソロから再びバンドへ~

1972年、大瀧詠一のレコーディングしているスタジオへ高田渡が遊びに来たことがあった。 2人がアメリカのルーツ・ミュージックについて話し合っていると、それを聞い…

TAP the LIVE

『メイド・イン・ジャパン』を世界に知らしめたディープ・パープル

1966年のビートルズ来日を最後に、日本では大物ロックバンドのコンサートが催されることがしばらくなかった。 しかし、1971年にレッド・ツェッペリン、ピンク・フ…

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