「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

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知られざる日本の名曲シリーズ~画期的な作曲コンテストから誕生した「片想い」

最初に「片想い」をオリジナル曲として唄ったのは、23歳の槇みちるだった。 大阪出身の彼女は渡辺プロにスカウトされて歌手になり、1965年にビクターから洋楽カバー…

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完璧な映画を目指したチャップリンによって生まれた「スマイル」

新型コロナウイルス感染症の問題が世の中に深刻な影を落とし始めて間もない2020年の春、サックス奏者の渡辺貞夫が自宅で撮影・録音したパフォーマンスを公開した。 演…

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はっぴいえんどの「夏なんです」は日本語の歌詞にこだわった松本隆による“ラブソング”

立教大学の学生だった細野晴臣の家に慶應大学に通う松本隆が来て、ロックに日本語は乗るのだろうかと、アルバム『ジャックスの世界』などを参考にしながら、勉強会に取り組…

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浅川マキと寺山修司~美空ひばりが大好きだったことと、詩人であることが共通していた二人

寺山修司が知人の音楽プロデューサーだった寺本幸司に誘われて、銀座にあったシャンソン喫茶『銀巴里』に出かけたのは、1968年の秋口のことである。 その頃の浅川マキ…

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ザ・フォーク・クルセダーズと加藤和彦に発見されて、新しい生命を吹き込まれた寺山修司の「戦争は知らない」

「戦争は知らない」は稀代の詩人にして劇作家、昭和が生んだ元祖マルチ・アーティストの寺山修司が、おそらくは最初に作詞を手がけた楽曲である。 幼い頃に父を戦争で亡く…

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中島みゆきが「タクシードライバー」という歌の中に取り上げた「アローン・アゲイン」

「アローン・アゲイン (ナチュラリー) 」はアイルランド人のシンガーソングライター、ギルバート・オサリヴァンの楽曲で1972年にリリースされたところ、口ずさみや…

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中島みゆきの「糸」をスタンダードにしたのは、逢うべき歌とめぐり逢えて「仕合わせ」を感じた人たちだった

その歌は1992年に発売された中島みゆきの通算20作目にあたるアルバム、『EAST ASIA』にさりげなく収められていた。 発表からすでに24年、干支でいえばふ…

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アメリカから輸入したフォークソングに演劇や現代詩を結びつけた小室等と六文銭の「雨が空から降れば」

写真・井出情児 小室等は日本にフォークソングという呼び名がなかった頃に、キングストン・トリオの「トム・ドゥーリー」を聴いてギターを始めた。 1960年代の初頭に…

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伝説のグループと呼ばれたジャックスが歌と音楽に託した「悲しみ」

日本のロックの原点を築いたジャックスの早川義夫はこんな言葉を残している。 歌は悲しいから歌うのだと思っている。 寂しいから歌うのだ。 人とは、違うから歌うのだ。…

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ジャックスから岡林信康に受け継がれていった「ラブ・ジェネレーション」とロック・スピリッツ

関西フォークの発信元となったインディーズのURCレコードで、ジャックス解散後に契約ディレクターとして働き始めた早川義夫は、1969年の晩秋にソロ・アルバム「かっ…

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日本独自のシングル発売から生まれたカーペンターズの全米No.1ヒット「トップ・オブ・ザ・ワールド」

兄妹デュオのリチャードとカレンが「カーペンターズ」名義で、ロサンゼルスのA&Mレコードと契約を結んだのは、1969年のことだった。 だが、その年にリリ…

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坂本九の「上を向いて歩こう」に慰められて大量の涙を流した無名時代の阿久悠

中村八大と永六輔コンビの書き下ろしによる「上を向いて歩こう」が、坂本九によって最初に唄われたのは1961年7月21日、「第3回中村八大リサイタル」のなかでのこと…

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