「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

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ロック時代の幕を開けた曲、ロック・アラウンド・ザ・クロック

必ずしもこれが世界で最初のロックンロール・ナンバーだったというわけではない。 だが、ロック時代の幕を開けた曲として後世に語り継がれているのは、ビルボードで1位に…

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さだまさしにとって歌の原点となっ六・八コンビによる「生きるものの歌」

永六輔が歌手としてデビューしたのは1974年の夏のことだ。そのときに先行シングルとして発売されたのが「生きているということは」だった。 〈参照コラム 追悼・永六…

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シンプルゆえに生命力の長い歌、吉田拓郎「今日までそして明日から」

1970年11月に吉田拓郎が発表した1stアルバム『青春の詩』に収録されていた「今日までそして明日から」は、シンプルであるがゆえに生命力の長い歌だ。 1971年…

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吉田拓郎によって始まったニューミュージックの時代を象徴するシンプルな名曲「どうしてこんなに悲しいんだろう」

「ニューミュージック」と呼ばれる音楽が注目を集め始めたのは、1966年に日本武道館で行われたビートルズの来日公演から、数年ほどが経過した頃からだった。 音楽関係…

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吉田拓郎と岡本おさみとの闘争から生まれた「望みを捨てろ」~〈吐きすて〉の歌の系譜⑧

岡本おさみとのソング・ライティングについて、吉田拓郎は「あの頃いつも俺は不愉快だった(笑)」と述べていた。 ここでいう「あの頃」とは、岡本とのコンビを組んでつく…

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吉田拓郎の「まにあうかもしれない」は岡本おさみによる吐きすてタンカだった〜〈吐きすて〉の歌の系譜②

岡本おさみが言うところの〈吐きすて〉の歌の元祖を海外に求めれば、真っ先に名前が挙がるのはボブ・ディランであり、ビートルズのジョン・レノンやローリング・ストーンズ…

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21世紀になってもたくさんの人たちに歌われている加川良の「教訓Ⅰ」

「御国」のために大切な生命を差しだすことが、さも美徳であるかのように教えこまれていた戦前や戦中を想い起こさせながらも、ユーモアのある語り口で国家権力への抵抗を歌…

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追悼・加川良~かまやつひろしをカヴァーした「どうにかなるさ」からにじみ出てくるリアリティ

加川良はシンガーやシンガー・ソングライターであると同時に、普通の生活をする市井の人であった。 歌を作ってうたうという仕事を、特別なものとしてはいなかった。だから…

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「プカプカ」を歌っただけでなくアンサーソングまで作った女優の桃井かおり

サブカルチャーが台頭した1970年代に最も存在感があった男優が「原田芳雄」ならば、最も輝いていた女優は「桃井かおり」だった。 幼い頃から目指していたクラシックバ…

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「プカプカ」のモデルとなったのは激動の時代を駆け抜けたジャズ・シンガーの安田南だった

その昔、安田南というジャズ・シンガーがいた。1960年代の前半から米軍キャンプなどで歌うようになったが、一時は俳優座養成所に籍をおいていたこともあった。 アング…

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カウンター・カルチャーが台頭した70年代に「プカプカ」を歌い継いだのは役者やダンサーが多かった

ジャズシンガーの安田南が前ぶれもなく、ふいに表舞台から姿を消したのは1978年のことだ。 それからというもの、消息はほとんどわからず、彼女の名前は「プカプカ」の…

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矢沢永吉のために書いた「バーボン人生」は「ミスター・ボージャングルズ」からのひらめき

矢沢永吉がソロになってから3枚目のアルバム『ドアを開けろ』(1977年)は、最後から数えて2番目に収録されていた「バーボン人生」と、それに続くラストの名曲「チャ…

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