精霊流し(しょうろうながし)とは、長崎県の各地、熊本県の一部及び佐賀市でお盆に行われる、死者の魂を弔って送る仏教行事のこと。
毎年8月15日の夕暮れ時になると町のあちらこちらから「チャンコンチャンコン」という鐘の音や「ドーイドーイ」という掛け声、そして大きな爆竹の音が鳴り響くのだという。
初盆を迎えた故人の家族らは、盆提灯や造花などで飾られた精霊船(しょうろうぶね)と呼ばれる船に故人の霊を乗せて“流し場”と呼ばれる終着点まで運ぶ。
精霊船は山車(だし)を連想させる華美なものであり、多くの見物客が集まり賑わう。
この楽曲を作詞作曲した長崎出身のさだまさしは、精霊流しについてこんなことを語ったことがある。
「1945年8月9日、長崎市に原子爆弾が投下されたときのこと…壊滅的な被害(被爆)にあった中で、多くの人々が6日後に迫っていた精霊流しのことを思い『死んでしまったら誰が自分の精霊船を出してくれるのだろうか?』と、気にかけながら亡くなっていったというのです。」
幼い頃から仲のよかった母方の従兄が水難事故で亡くなったことがきっかけとなり、さだはこの曲を書いたのだという。
亡くなった従兄の恋人だった女性の心模様を繊細に描いたこの「精霊流し」は、グレープの2ndシングル曲として1974年にリリースされた。
以前、さだは自身が綴った歌詞をこんな風に解説した。
「あなたの愛した母さん」が着ている“浅黄色の着物”は、精霊流しでは親族が着るものだのだという。
つまり「私」が“浴衣”を着ているという事は、「私」は「あなた」の親族ではない。
亡くなった彼(あなた・さだの従兄)と主人公の女性(私・従兄の彼女)は“結婚はしていない”という事を表現している。
また“ギターの弦でくすり指を切った”という歌詞は、恋人同士だったという事を暗示しているのだとも。
当時、グレープはまだデビューしたばかりの無名のフォークデュオであっため、楽曲の初動売り上げは芳しいものではなかった。
そんな中、東海ラジオの深夜番組『ミッドナイト東海』のアナウンサーだった蟹江篤子が、自分の担当曜日で毎週のように流し続けたことが功を奏し、この番組の放送エリアである名古屋地区のみならず全国的なヒットとなり、この年の第16回日本レコード大賞作詩賞を受賞するまでとなった。
この受賞に対して、さだは当時こんな発言を残している。
「幼いころから音楽教育を受けていたので作曲賞を受けるのはわかる気がするが、我流で始めた作詞で賞を受けるのは意外であり、その分嬉しさも大きい。」
初回プレスは4500枚だったが、累計では30万枚を売り上げ「精霊流し」は、グレープの代表曲となった。
後に、さだが自伝的小説として書き下ろし、テレビドラマや映画化もされた。
こうして曲は大ヒットに至ったが、「精霊流し」の曲調と歌詞の内容がしめやかなイメージだったため、長崎を訪れる観光客が実際の精霊流しを目の当たりにして、あまりの賑やかさに驚くこともしばしばあるのだという。
しかし、さだは歌詞の中で「精霊流しが華やかに始まるのです」と綴っており、グレープの1stアルバム『わすれもの』では同曲のイントロとアウトロ部分に爆竹や鉦(しょう)の音や掛け声が重ねられている。
また、2009年の暮れに、さだは父親を89歳で亡くしており、翌2010年に親族で精霊船を出した際には地元の各テレビ局が取材し、ネットを通じて全国に配信され、沿道からも多くの人が精霊船を見送った。
【さだまさしオフィシャルサイト】
http://www.sada.co.jp
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