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父親との確執。肩まで髪を伸ばした若きブルースの前に無口で立ち塞がった「親父」の記憶

2016.11.03

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「親父とは話ができなかった。親父の方も俺に口を開こうとしなかったし、母親も親父に話しかけることはなかった」

 1981年、2枚組アルバム「ザ・リバー」を発表した翌年、ブルースはステージの上で、そう語り始めた。

「だから俺は、大きくなって自立できるようになった時は嬉しかった。それから10年ほど、家族とはほとんど会わなかった。そしてつい最近、ヨーロッパ・ツアーから戻ってきて実家に電話を入れたら、数日前に親父が入院したと聞かされたんだ」


 少年時代。ブルースと父親の間にはいつも険悪な雰囲気が漂っていた。日々汗を流し、家族を養うために黙々と働く男。そんな父親にとって、髪を肩まで伸ばし、音楽に熱中するブルースは、許しがたい存在にうつっていたのだろう。

 ブルースがミュージシャンとして生活するようになると、コンサート会場にはよくブルースの母親の姿が見受けられたし、彼女は多くのファン同様に、ステージ上の若者に熱狂していたが、そこに彼の父親の姿があることはなかった。

「俺はカリフォルニアに向かった。親父が入院してる病院だ。その道中、俺はずっと考えていた。ずっとずっと彼に話したいと思っていても言えなかったこと、そしていつの日にか、ふたりで座って、俺が子供の頃、どうしてそうなってしまったのか、どうして親父はそんなふうに感じていたのか、って話し合う時が来るんじゃないかと思っていたこと。だが、時が過ぎても、そんなことは起こらなかった。それはあまりに危険な話題だったってことなのだろう。でも今、親父は今病気で、もう年だ。俺は思ったのさ。親父に話せるのは、今しかないって」

 そしてブルースは、「ザ・リバー」に収録されている「インディペンデンス・デイ」を歌い出したのである。


 パパ、もう寝ろよ
 時間も遅い
 俺たちが話しても
 何が変わるってわけじゃない
 明日の朝になれば
 俺はセント・メリーズ・ゲートから旅立つから

 若き日のブルースを振り返るような歌詞で、その歌は始まる。


 さよなら、と言ってくれよ
 独立記念日なんだ

 ブルースと父親の確執。
 その背景には、ブルースと土地の、ブルースと時代の確執があった。
 父親が汗水流して働けば、家庭は幸福になり、その幸福の総体がアメリカなのだ、という「アメリカの夢」の上には、すっかり分厚い雲が覆っていたのである。


 この家の暗闇に俺たちはつかまった
 この街の暗闇にも俺たちはつかまっちまった
 でも、もうこの俺には触らせない
 あんたにだって、触らせない
 奴らがあんたにしたようには
 この俺には、させないのさ

 アメリカの夢、アメリカの道徳を生きてきたはずの父親は、英雄ではなかった。土地に、時代に苛め抜かれているように、若き日のブルースには見えたのだろう。
 だから、そこから「独立」しなければいけないのだ。


 今じゃフランキー・ポイントの部屋はがら空きさ
 ハイウェイもブリーカーズ・ポイントまで砂漠のようだ
 そして多くの連中がこの街を去っていく
 友達や家を後にして
 夜になるとひとり
 暗く、埃だらけのハイウェイを歩いていくのさ

 だが、家を出ていこうとするブルースは最後に、優しい眼差しを父親に向けるのである。


 だから、さよなら、と言ってくれよ
 パパ、今になって俺は
 あんたが言いたくても言えなかったことが
 わかるのさ
 でも今はただ、さよなら、と言ってくれよ
 あんたが言いたかったこと
 俺は絶対に忘れたりしないと誓うから

 家を出たブルースは、暗闇を作り出す本体、社会に目を向けることになるのだ。



ブルース・スプリングスティーン『ザ・リバー』
Sony

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