ブルース・スプリングスティーンが1984年に発表した『ボーン・イン・ザ・U.S.A』は、政界を巻き込んで大きな論争に発展することとなった。
事の起こりは、人気コラムニスト、ジョージ・ウィルが9月13日のボスのステージを観たことだった。「ボーン・トゥ・ラン」で時代のヒーローとなっていたスプリングスティーンのコンサートに、何故この保守的なコラムニストが足を運ぶ気になったのかは、わからない。
だが、彼はアメリカで生まれたのだと叫ぶボスの歌を、愛国の現れだと思い込んでしまったのである。
確かに、アルバムのジャケットは、彼にそう勘違いさせるビジュアルだったかも知れない。だが、歌詞を少し聞けば、ボスの叫びは、何のために戦っているのかもわからず遠い地で血を流し、祖国に戻っても英雄と呼ばれることなく、途方に暮れる仲間たちへ向けての哀歌だとわかったはずである。
♪奴らは俺の手にライフルを持たせ
外国の地へと送り込んだ
黄色人種を殺すために♪
この歌詞を聞いて、愛国の歌だと考えたとしたら、このコラムニストは、相当な人種差別主義者である。コンサート会場の音が大きく、彼が歌詞を聞き取れなかったのだと信じたい。
だが、彼は共和党の大統領候補、ロナルド・レーガンの選挙事務所と縁を持っていた。だからだろう、レーガンはニュージャージー州の演説で、スプリングスティーンの名を口にすることになる。
1984年9月19日。レーガンはハモントンの街頭演説で、こう話したのである。
「アメリカの未来は、依然としてみなさんの心の中に、多くの夢として残っています。それは多くの若者が称賛する若者の歌の中、希望のメッセージとしてあるのです。ニュージャージーが誇るブルース・スプリングスティーンです」
レーガンは本当に、スプリングスティーンを聞いているのか、と各メディアが首を傾げた。レーガンの選対本部は、「ボーン・トゥ・ラン」がお気に入りだというメッセージを発表したが、誰も信じはしなかった。
1984年9月22日。スプリングスティーンは、ピッツバーグのステージに立っていた。
「大統領はこの前、俺の名前をあげていた。考えてみたのさ、彼がどのアルバムを好きなんだろうってね。『ネブラスカ』ではないと思う。彼がそれを聞いているとは思えない」
ブルースはそう言うと、『ネブラスカ』に収録されている「ジョニー99」を歌い始めた。失業した自動車工場労働者が酒を飲み、殺人を起こしてしまうという内容の歌である。
希望を失ったアメリカが詰まったアコースティック・アルバム、それが「ネブラスカ」だった。そして「ボーン・イン・ザ・U.S.A」は、当初は「ベトナム」というタイトルで、そのアルバムに収録される予定の歌だったのである。
ボーン・イン・ザ・U.S.A. (40周年記念ジャパン・エディション)
『Nebraska』
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